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仕事の総量 

「これをしたらどうなる」
ということを以前はよく考えたが、
「これをしなかったらどうなる」
ということを最近は更に考えるようになった。

「今日仕事を休んだらどうなる?」
ということを考えた後、、
「今日仕事を休まなかったら明日どうなる?(もっと迷惑をかけることにはならないか?)」
という視点と比べてみるのだ。

職場でインフルエンザの集団接種があった。希望者のみなので、受ける人もいれば受けない人もいる。
個人的には、集団で仕事をしていて「受けない」という選択肢は「無い」んじゃないか、と思うのだが、受けない人が結構いる。
それぞれに体質とか事情があるのかもしれないが、表面的に出てくる言葉は
「注射を受けても(インフルエンザの)“型”が違えば罹るんでしょ?」
というもの。

それは違うんじゃないか、と思うんですよね。
これは100%かからないために受けるものじゃなく、一種の保険でしょ?
もし、予防接種を受けていて、それでも違う型のインフルエンザにかかってしまって1週間職場を休んでも、それはそれで「仕方が無い」ということになる。

でも、もし、予防接種を受けていない人だけインフルエンザにかかったら?職場の仕事の総量は変わらない。1人欠けたら、その仕事は誰かが代わりにしなければならなくなる。予防接種を受けた人が、余計に仕事をしなくちゃいけなくなってしまうのだ。それって、子供っぽい言い方をすれば「不公平」じゃない?

予防接種は、自分の為にするものじゃないと思う。
他の人に迷惑をかけないためにするんだと思う。
1人で生活していて、自分がゴホゴホ嫌な咳をしても、1週間寝込んでも、誰にも迷惑がかからない立場の人だったら構わない。
でも、殆どの人は「全体でいくら」という仕事の総量の中の一部分を担当しているのだから、自分が欠けたら誰かがその部分を担わなければならなくなる。(主婦/主夫だって家事のなかには絶対的な仕事の総量があるはずだ)

そういう意味で、「注射をして、その日ちょっと具合悪くなっちゃうし、100%の予防率じゃないんだから、受けたって無駄じゃん?」
という理屈は成り立たないと思うのだ。そうじゃなくて、「自分が注射を受けなかったら、どれだけの迷惑を周囲にかけるのか?」という計算をすべきなのだと思う。

もう一つ。
職場で悲しい出来事があった。
そのために、ある担当者が職場でご家族の方にお渡しするメッセージを集めていた。
うちの職場は日中併せて約50名のスタッフがいるのだが、締め切りと言われた日までにメッセージを提出したのはわたしを含めた2名だけだった。

出さなかった人は
「直接ご家族に渡せるのなら良いが、途中で担当者に読まれるのが嫌だ」
ということだった。
気持ちをダイレクトに伝えたい、という感情も理解できないことはない。
しかし、職場で集めて綺麗にファイルして、写真などとともに製本してお渡ししよう、と決めている。
メッセージの意図は、故人の海外での生活をご存じないご家族に伝えるため、ということも周知されている。
ご家族の気持ちを考えたら、少しでも自分の知っていることを書いてあげるのが誠意なんじゃないだろうか。

そのために担当になった人がいる。
その人はたった2通しかメッセージが集まらなかったら、どうしたら良いのだろう?
50人もいる職場なのに、メッセージが2通しかなかったら、ご家族はどう思うだろう?
「途中で担当者に読まれるのが嫌だ」という気持ちはご家族には伝わらないのだ。
伝わるのは、メッセージを書いたのは2人だけ、という事実だ。

自分の感情、というものがあるのはわかる。
しかし、それ以上に集団の中の一員、という立場を逃れられない、という事実もある。
全体の仕事の総量を考えようよ、って思う。
誰かがやらなければ、誰かがその分を補わなくてはならないことがたくさんある。
やらない、ということがすべて効率化に繋がるわけではない。

こういうのって、ひどく日本人的な考えなんだろうか。
日本人的でもいいんだけどね。
しなくてもいい苦労をしている人を見るのが嫌なだけなのだ。(自分だってしたくないし)


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