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【過去日記】山の小学校のこと。 

2006年12月6日日記 ~中国の本当の意味での義務教育はいつから開始されたか知っていますか?~


美姑県から西昌方向に戻り、途中の昭覚県へ。

ここで小学校3校を視察・調査する。

というか、もともとはすっごい田舎の「郷」の小学校を調査予定だったのですが、同行してくれた赤十字会の方の故郷が昭覚県だったため、「僕の母校の小学校も見ない?」って感じでゲリラ的に訪問。勢いに乗って、「県内に他に小学校ありますか?」って聞いたらもう1校あるというので、じゃそっちも行ってみるべ、って感じでノリノリで小学校侵入&調査。
(ちなみに東方紅小学校と工農兵小学校。スゴイ名前!)

教室を見せてもらったら、小4の彜族の男の子がはにかみながら小さな声で「あにょはせよ~」って言った・・・。

やばい・・・違うんだけど・・・

でも折角言ってくれたし・・・
一応笑顔で「こんにちは!」って言っておきました。
お母さんが韓国ドラマ見てるんだろうな。
でも、こんな地域の小学校で外国語が分かる子供って、スゴイ!
(郷の小学校では我々が外国人だという認識も持たれていない)

オドオドしないで堂々と入っていくと、結構対応してくれるもんです。田舎だしね。
中国では偉そうにした者勝ちの法則があるからね。
アポなし訪問なのに校長先生も副校長も好意的に話を聞いてくれて、意外にも話が進んでラッキー☆


061206_07.jpg
小学校の入り口にあった絵。小平と未来?
  新幹線が走り、ドラえもん的未来が描かれている。


061206_08.jpg
でも、その両脇は伝統的な松とか竹とかの絵なのが面白い。


更にノリノリの我々は、昭覚県の保健ステーションにもアポなしゲリラ訪問。地元の人がいると、顔が利くので仕事がめっちゃ広がって面白い。

午後、本来予定していた郷の小学校訪問。
想像以上の田舎。


061206_06.jpg
えっと・・・
学校の前の道、本当に何もないです。


中国の田舎って言っても、意外に大きかったりしっかりしていたりするけど、ここは正直やばかったです。
人の数と動物の数が同じくらい。

子供たちは超~~~かわいい!!!
以前、映画《あの子を探して》に出てくる学校のような郷の学校の分校も訪問したことがあるのだけど、ここはああいう学校のちょっと大きいバージョン。

一般的に郷の分校は小学3年生までで、ここのような郷の中心小学校は1~6年生まである。(でも貧しい家の子は分校までしか行かないことが多い。わたしが行った分校も、1年生は20名入るけど、4年生に進学した子は4名しかいなかった)


061206_04.jpg

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中国では1986年から義務教育を行っているが、実際には教科書代など費用を徴収していた。貧困地域の学生ほど学校までの距離が遠く、寮生活をしなくてはならないが、その寮生活代を親は払うことが出来ない。

涼山でもそうだが、小学校の分校(1~3年生)までなら地域にある。しかし、4年生以上になると町の中心小学校に行かなくてはならない。中心小学校に通うには寮に入らなければならない。それで小学校3年生で学習を止めてしまう子供はまだまだ沢山いる。子供が止める、というより、親が止めさせる。もともと教科書代も払えないので、学校自体行かないままの子供も沢山いるのが現状だ。

中国で教科書が無償となったのは、なんと今年(2006年)の9月である。新幹線が走り、リニアモーターカーが走り、来年オリンピックを開こうという国で、小学生への教科書が無償となってまだ3ヶ月しか経っていないのである。国が本気で義務教育を人民全員に行おう、と思ったのがやっと今年。わたしはまず、その事実に驚いた。教育は国の未来、国の基礎じゃないですか!?正直、オリンピックや万博やってる場合じゃないだろ?!って思うね。

しかも、ここは少数民族地域である。少数民族の貧困問題は根深い。

まず、前述の教育の問題がある。なぜ彼らは学校に子供を行かせないのか?それはお金が無いから。

しかしながら、子供に教育を受けさせないと、子供は親同様の自給自足の農業従事者になるしかない。ジャガイモとダッタン蕎麦しかない、塩しか買うことのできない、春節にしか肉を食べることが出来ない生活しか前途にはないのである。子供の将来を思ったら最低限の教育は受けさせるべきではないか。

ここで少数民族と貧困問題が結びつく。

今や中国では大卒であることは安定した就職の条件の一つだが、大学入試に受かるには漢族の教育を受けていなければならない。少数民族にとって漢語(=中国語)は外国語同様なので、ここでまず言語のハンデがある。

(漢族の人がわたしに少数民族の人を紹介してくれるとき、「○○さんは△△大学を“少数民族優遇枠で”合格しました」とわざわざいう事がある。ハンデのために少数民族には優遇枠があるが、漢族がそれを言う時、言外に「本当の実力ではないのに・・・・」というニュアンスをわたしは感じる)

人並み以上に・・・文字通り漢族以上に努力して大学を出たとしても、次には就職の問題が立ちはだかる。未だ中国は就職についてはコネが強くものを言う。コネが無ければ就職は難しい。特に少数民族が暮らすような地域は産業がほとんどない。就職の多くは公務員だが、そのポストがコネの無い少数民族に回ってくることは無い。(日本でも地方の公務員試験は親戚筋などのコネ・紹介がまだ根強く残っているぐらいだから、推してはかるべし!)

つまり、少数民族の親には諦めが漂っている。親戚中の金を集めて子供を進学させても就職できないのである。どうせ就職できないのなら、金のかかって利の無い勉強などさせなくても、小さいうちから労働力として働かせた方がなんぼかまし、というのが親の考えである。

小学校にもまともに行かないと、中国語の普通話(標準語)ができない。普通話ができなければ、中国人社会(漢族社会)では何もできないのと同様である。普通話ができない子供は一生親と同じ自給自足のための農業を行うしかない。

教育が無いから衛生面でも遅れていく。涼山の山の子供は水道が無いので今でも川の水を掬って飲んでいる。当然、寄生虫などの影響が出てくる。

かくして、少数民族地域は発展から取り残されていく。

もう一度言う。

教育は国の基礎、国の未来だと思う。それを疎かにして表面上の発展だけを追及していては未来にそのツケがまわされてしまうと思う。

もうひとつ。

この地域の子供にとって学校に行くことは当たり前のことではない。学校が楽しくても、もっと長く行きたくても行けない子供がたくさんいる。この地域には、学ぶことの楽しさが満ち溢れている。学校に行ける、ということは本当に幸せなことなんだ、ということが再認識できる。
これは、今の日本ではなかなか感じられないこと。
多くの日本人(特に学生!)がここを知り、学ぶことは人間がもともともっている好奇心を満たす知的で楽しい作業なんだ、ということを再認識してもらえたら、と感じている。


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郷の小学校で出してくれた彝族料理「トートージー」。

  つい先ほど〆たらしき鶏の羽根と血が地面に広がっていました。
  肉もジャガイモも非常に美味しく、特にスープは絶品でした。1人洗面器1杯食べました。・・・なわけはなく、彝族式客人のもてなしで、客人が食べた残りを家人や子供達が食べます。
なので、我々はちょっとだけ口にし、残りは子供達の晩御飯となったと思います。(この習慣を知らない欧米人が残したら失礼と思い、がんばって全部食べてしまい、後から来た子供が泣いた、というエピソードも聞きました)



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コメント

本当に仰るとおりだと思い、興味深く拝見させて頂きました。

子供たちの将来を思うと言葉が出ません・・・。


中国のこういう現実、経済発展で浮かれている一方の現実をもっといろんな日本人にも知って欲しいですね。

「中国ってさー・・・」としたり顔で、知ったかぶりをしてしまいがちですが、まだまだ知らない中国の、中国人の顔があると自分も思いました。

>ジウさん
コメントありがとうございます。
わたしもまだまだ知らないことだらけです。
出張や旅行で地方に行くたびにいろいろなことを考えさせられます。
今の中国で、医療・教育・環境の問題はこのままにしておくと近い将来とんでもないことになると思いますね。

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