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彝族と過ごした春節@北京 

初一と呼ばれる春節一日目。

彝族の友人に誘われた。

 

ところで、「彝族」って漢字、読める人は殆どいないと思うが、これは中国の少数民族で「イ」族と読む。

 

【彝族について】

イー族(彝 yí)。彼ら自身はノスと呼びます。チベット系の少数民族。人口約657万2173人。中国政府が公認する56の民族の中で、7番目に多いです。主に雲南省、四川省、貴州省、広西壮族自治区の山岳地域に居住します。中では、雲南に最も多く居住しています。
精霊信仰を行い、Bimawという司祭が先導します。道教や仏教の影響も多く受けています。雲南北西部に住むイー族の多くは、複雑な奴隷制度をもっており、人は黒イー(貴族)と白イー(平民)に分けられていました。白イーと他民族は奴隷として扱われたが、高位の奴隷は自分の土地を耕すことを許され、自分の奴隷を所有し、時には自由を買い取ることもありました。
彝文字と呼ばれる表音文字を持ちます。


 

その他、彝族についての詳細は・・・こちら

わたしの友人は四川省涼山州に住む彝族で、彼ら曰く北京には涼山出身の彝族は2000人ぐらいいるんじゃないか、と。雲南出身の彝族もいるはずだけど人数はわからない、ということから、やはり出身地ごとに仲間意識があるよう。

彝族に関して有名なことは、前述「奴隷制度を行っていた」ということと、「漆器を使う」ということだと思う。あと、タイマツ祭り。

奴隷制度については、1955年に漢族との戦争に負け、中華人民共和国の中に入るまで続いていた制度で、奴隷制度をほんの50年前まで行っていた、ということで、漢族は彝族を野蛮な民族と思っている。一方、彝族は誇り高い民族なので、「漢族が言う“戦争”は第二次世界大戦ですが、彝族の言う“戦争”とは1949年から1955年までの7年間漢族と戦っていた戦争のことです」という話も聞いた。

わたしが以前聞いた彝族の話についてはこちら参照
+++


中国の55の少数民族ひとつひとつに漢族との間のエピソードがあり、それぞれの持つ感情があると思うが、彝族というのはそういう民族。

で、わたしは友人から「春節に田舎に帰らないので、親が豚を潰して送ってくれたので、食べに来てください」と言われ、わざわざ四川省から送ってくれた豚をご馳走してくれるというのは大変なことだ、と思い、ありがたい気持ちでお邪魔させていただいた。

友人の家に入ると既に5,6名の彝族の方が。

みんな、えらいイケメン!

友人の紹介によると、彼らはみんなミュージシャンで、その中でもバンド『山鷹』と、同じく『彝人製造』と、ソロで活動しているアキさんという方は一昨年の彝族年(11月下旬に行われる彝族最大の祭り)のパーティーで舞台で歌っているのを見た歌手じゃないですか!そのとき、わたしは彼らのハモリにシビれ、次の涼山出張時に彼らのCDを買って帰ったぐらい。その彝族のスターが目の前に!!!

 

今回のパーティーはわたしの友人シンさんとその友達のバクさんが友達を集めた会のようで、バクさんは音楽をやっている関係で北京在住の彝族ミュージシャンをかなり呼んでいるよう。

一方、シンさんの友人は涼山での友達なので、彼らは部屋に入るなりスターが目の前にいて大興奮!サインをもらったり、一緒に写真を撮ってもらったりしていた。

わたしも一応ミーハー心を出して、「舞台拝見したことがあります。CDも持ってます!涼山へは2回行ったことがあります!」とアピールしておいた。アキさんの出身地の昭覚県にも行ったことがあり、ツカミはOKっていう感じ!

その日集まったのは日本人3名(我々夫婦ともう一人)と、彝族の青年が10名ちょっと。

シンさんの部屋の厨房では彝族料理が作られていた。

食事の準備が整い、ビールでの乾杯が始まった。

ミュージシャンたちからは、

「日本と涼山はとても遠い。1955年には彝族が日本人と一緒に食事をするなんて考えられなかった。我々は今、お互いの故郷を離れ北京でこうやって一緒に酒を飲んでいる。これは素晴らしいことだ!この機会を一度だけにしてはいけない。」

「日本人とこうやって漢語で会話できるなんて思わなかった。本当に嬉しい。」

と口々に言ってもらえ、歓迎していただき、本当に楽しかった。

 

涼山からはシンさんが北京で過ごす春節で食べるようにと、豚肉の燻製が10KgもEMSで送られてきたらしい。

スゲー!

彝族の人々はめでたい時などにこの豚の燻製を食べるのだそう。

シンさんの実家は、実はとても貧しい家だったのだが、シンさんが北京で働いて現金を送るようになってから豚肉を食べることができるようになったとか。(基本的に今でも自給自足なので、「豚肉を買う」んじゃなくて、「豚を潰す」ことになるらしい)

080207_yizu02.jpg
彝族料理。
鶏肉のぶつ切りと、白菜と豚肉を煮たものと、
豚の燻製とジャガイモの煮物と、高菜と鶏肉のスープ。

080207_yizu01.jpg

鍋にかかっているのが彝族の漆器。
黒・赤・黄色の派手な彩色が特徴。


080207_yizu03.jpg
鶏肉のぶつ切り。
「鳳の爪」と言われるいわゆる「もみじ」が乗っかっています。


食事が終わるころ、シンさんの友人で日系企業で働いている日本語のできる青年が相棒に

「お酒を飲むのはこれからです」

と耳打ちしてくれた。

もう宴会も終盤かな、と思っていた相棒はビックリ!既に満腹。ビールも限界値に近い状態。さすが、日本人を知っている彝族。「まだまだですよ」と言いに来てくれたのだ。

実際、宴会はこれからが始まりだった。

もともと歌や踊りが好きな民族なのに、今日来ているのは本物のミュージシャン。

「プロの歌手なのに歌ってくれるかな?」

と思いきや、ガンガン歌ってくれました。

いや~~~、鳥肌が立つ!

こういう民族系の方々の歌の上手さはハンパじゃありません。

上手い民族の中のプロなわけだし、しかもメジャーデビューしている歌手!

ルックスもいい!

「生で聞いてしまってゴメンナサイ!」という感じ。

常に誰かがギターを弾いて、誰かが歌う。

「ナーダムの祭りの時には朝まで歌を歌い続けます。一人ずつ歌っていきますが、同じ歌は出てきません」

とモンゴル族の女の子が言っていたが、本当にそんな感じ。

次々といろいろな歌が出てくる。


080207_yizu04.jpg
そして踊り狂う彝族の青年たち。
彼はこの踊りを「彝族の踊りです」と言い張っているが、
他の彝族は「彼個人の踊りです」と完全否定。


そしてすごいのがハーモニー。


歌を聴きながら、相棒が「音楽を勉強しなくても自然にハモれる民族がいるって聞いたことがあるけど、この人たちもそうなんだね」と言うぐらい、どの歌もみんなとても綺麗にハモる。

 

それも、まず誰かが自分の持ち歌を歌う。ワンコーラス目は一人で歌う。すると、ツーコーラス目にはまず誰かがハモり、しばらくすると違う誰かがマウスパーカッション的なリズムで入ってきて・・・という感じで1曲歌い終わるまでに次々とみんなが「大縄飛び」に入るみたいに歌に参加して、しかも同じメロディーを歌っている人は一人もいない。最後にはすごく綺麗な何十奏にもなって1曲が終わる。その繰り返し。

すごすぎる。

途中、「日本人も歌ってください」と言われるんだけど、ナサケナイかな、われわれはカラオケ世代なのでソラで歌が歌えない。何とか1曲『上を向いて歩こう』を歌ったけど、当然ハモったりなんかできない。

「歌って本来こういうものなんだろうね」

と相棒と感動しながら聞いていた。

誰かが歌うものでもなく、聞くものでもなく、空間を作り出すもの、時間を作り出すもの。
「歌」ってわたし達が思っているよりもずっと多重的なものなのだ、と思った。

もともとカラオケって好きじゃないんだけど、ホント、このときばかりは「カラオケって薄っぺらい文化だな」と思っちゃったね。

歌を1曲歌い終わるたびに全員乾杯が実施される。

わたしは飲めないからジュースだったけど、相棒はビールで。

午後5時から始まった宴会は10時半に終わり、その間に相棒は4回トイレで吐いた、と言っておりました。ホント、ご苦労!

彝族はお酒強いよ。

誰も顔色変わらないし、一番アイドルっぽい顔をしていた、わたしが密かに“王子”と読んでいた『彝人製造』の方は白酒グイグイ飲んでるけど、顔色も態度も変わらないもんね。

そうそう、この王子様が歌を歌ったとき、わたしはちょうど隣に座っていたのだけど、

王子様が「今から歌う曲は『你是我的唯一』」って言って、その『唯一』っていう時に目が合ってしまって超~~~~~ドキドキしてしまったわ~~~!

いや~~~、アイドルってステキ!王子様万歳!

王子様はほっそりした体型に白い編みこみのセーターをざっくり着て、右手首にはオレンジのビーズのブレスレットを何重にも重ねてつけていて、ホントに「アイドル」っ!って感じでウットリしてしまいました!

そんな楽しい雰囲気の中、
1回だけ空気が微妙になった時があった。

『上を向いて歩こう』の次にもう1曲歌ってくれ、と言われたものの歌える曲が無くて、もう一人の日本人が周華健の『朋友』を歌う、と言った時だ。

これは中国では最も有名な歌の一つで“中国人”なら誰でも歌えるし内容も非常に友好的でちょうど良いことから、こういうシーンで困ったときには我々がよく歌う曲だ。

このときも彼は同じ気持ちで、むしろ“中国人”へのサービスのつもりで選んだに違いない。

ギターを弾いていた人は『朋友』を弾いてくれ、その日本人と相棒とシンさんの友人の彝族の青年たちは歌いだした。

そのとき、わたしは空気が変わったのを感じてしまった。ふと、ミュージシャンの方を見ると、さっきまでものすごく楽しそうに歌を歌っていたのに、急に下を向き、唇を固く結び、携帯をいじりだしたのだ。

「しまった!」

と思ったけど、遅かった。

彝族は漢族のことを快く思っていない。(ほとんどの少数民族が漢族に対しては微妙な感情を持っているものだけど)

周華健は“中国で最も有名な歌手”の一人、つまり、“漢族の中で最も有名な歌手”なのだ。

ここにいるミュージシャンは彝族の間ではメジャーな歌手だが、中国全体の中では無名だろう。中国は漢族社会だからだ。漢族の中でメジャーな歌手が“中国のメジャーな歌手”になる。彝族の文化を愛し、彝族語を母語とする彼らは、きっと漢族の歌手に微妙な感情を抱いているに違いない。(彼らも漢語の歌を歌うけどそれはきっとあくまで“漢語圏マーケット”を意識しての歌であって、母語はやはり彝族語なのだ)

彼らがいる場所で漢族の歌を歌ってしまったのは失敗だった。

我々が歌うことを期待されていたのは日本語の歌であって、漢族の歌など歌ってはいけなかったのだ。


あとの二人の日本人はこの空気の変化に気づかなかったようだが、わたしは冷や冷やしてしまった。

ミュージシャン達も大人なので、特にこのことにはコメントせず、『朋友』が終わるとまた彝族の歌の世界に戻っていき、宴会は再び盛り上がりを見せたのでほっとした。

少数民族と付き合うときには漢族に関することについては本当に気をつけないといけない、と痛感した出来事だった。

最後の乾杯は、我々が持参した日本酒で全員一気した。

ミュージシャン達が帰った後、シンさんから「日本酒を持ってきてくれて本当に嬉しかった。本当は手ぶらで来て欲しかったけど、彝族のミュージシャン達も生まれて初めて日本人と日本酒を飲んでとても思い出になったと思う。」と言われ、持って行ってよかった、と思った。


日本酒を最後に出してくれたシンさんにも感謝。

 

ミュージシャンが来るとは思っていなかったのでサプライズだったけど、本当に楽しい新年会だった。

他にも実はすごく縁の深い新年会で、この日誰が来るのかわたしは行くまで知らなかったのだけど、雲龍さんは涼山出張の際にお世話になっている方の弟さん、トスナンさんはわたしが出張時に教室で『日本企業で働くこと』という講義をさせてもらったときに授業を受けていた方、キッサさんはわたしの友人(日本人)が働いていた工場で彼の通訳をしていた・・・と、そこにいたシンさんの友人は全員わたしとどこかで繋がっている方たちだったのだ

 

中国って広いようで狭いな、と思う。

特に彝族×日本人、という世界は本当に狭い。

きっとどこかで繋がる。

こうやって世界が狭くなっていけばいいな、と思う。

080207_yizu05.jpg
白い服の方が王子様。実物は100倍カッコイイよ!
その左隣が『山鷹』の方。
一番左の赤いシャツの方がアキさん。
右隣の黒Tの方もミュージシャン。
真ん中にしゃがんでいるのがバクさん。
(実は北京特集のブルータスにも載っている!)
みんな実物はこの写真の100倍カッコイイ☆


【彝族に関する過去日記】

 


 

 

 

 

 

 
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コメント

なるほどおおお

この記事をみて「なるほど」と思いました。
民族とか色々ありますものね。
にしてもみんな大人だー。
ミュージシャンいいなあーあいたいなああ^---。楽しそうですよね。

にしてもシンさんの一言とか意見って本当に素敵。私も最後の報告会で彼がコメントした言葉未だに覚えてますよ。いやあ、年が離れていなかったら絶対惚れてましたね。笑

v-22あいこぽん♪
彝族のミュージシャン、カッコよかったですよ~。
このとき集まった彝族のみなさんは北京の漢族社会の中でそれぞれ苦労している若者だったので、話の一つ一つが重く、とても良い時間を持つことが出来ました。
他の国もそうだと思いますが、中国は本当に、一面的には語れない国です。

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