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『僕たちは世界を変えることができない。』と「メイド・イン・バングラディッシュ」 

タイトルに惹かれて、購入したこの本。



 

後で検索かけて調べたら、これ、銀杏BOYZのドキュメンタリーDVDのタイトルで出てきたので、こっちが先?

峯田和伸の言語センスか~、と納得したけど(これが一大学生のネーミングセンスだったらスゴイな、と思ったので)、その時は、この本のタイトルに共感して、この本を買った。

僕たちは世界を変えることができない。

この本は、日本で比較的豊かに暮らす医大に通う学生が、ひょんな偶然から、「150万円でカンボジアに小学校が建てられる」と知り、じゃ、チャリティーイベント開いて金集めて、学校つくんね?みたいな感じで、実際に開校式に参加するまでのドキュメンタリー。

この本を他の人にお勧めするのか、というと、それもまぁどうかな?という感じで、著者の葉田甲太氏の私生活(しかも、主に性的方面の…)が「そこまで要らないんじゃないの?」ぐらいに書き込まれていて、あまりに私的すぎるきらいもあり、「みんなに配って勧めたい!」という感じでもない、というのが正直な感想で。

なので、これ、そういう部分の影響で各出版社に拒否されて、自費出版となっているらしい。

葉田氏は2010年に大学を卒業予定、と書かれているので、現時点でまだ学生さんだ。

きっと、こんな風に私的部分を赤裸々に書き込んだのは、「だから俺はエラくはないんだって!」と言いたくて、全体評価の引き算的?に盛り込んだんじゃないかな、というのはわたしの想像。

なので、この本はボランティアの啓発書でもないけれど、全部読み終わって、「そうだよなぁ。」と思ったのだ。

何が、「そうだよなぁ。」と思ったのか、というと、某日本政府派遣のボランティアへの応募者が年々減っている、という現象について、考えたのである。

「来れ!若者」青年海外協力隊 止まらぬ応募者減少 公務員採用では有利にも

青年海外協力隊への応募低迷 若者は海外に関心薄?

応募者低迷の原因について、上述記事では、

・帰国後の進路不安定
・景気動向
・青年人口の減少
・NGOなど国際協力活動参加の多様化
・若者の内向き思考

などが挙げられている。
最後の「若者の内向き思考」というのは実際にあるようで、去年のニュースでも、HISが若者の海外旅行離れに苦戦しているというような記事を読んだことがある。

上述の理由の中でも、今回フューチャーしたいのは、「NGOなど国際協力活動参加の多様化」という点で、この葉田氏の活動もこれに該当するかと思う。

実際は、葉田氏は同書に依ると、「新潟中越沖地震において現地で1週間食料配布などのボランティアを行う」「スマトラ島沖地震ではNGOのHuMAのプロジェクトに参加。2週間スリランカで復旧作業を行う」とあるので、氏が「普通の大学生」と呼べるのか、或いは普通の大学生でもこれぐらいのボランティアは結構やっている、と言えるのか、わたしにはわからないが、氏曰く、自分は「普通の大学生」だ、と。

「voluntary」というのは、本来「自発的な、自ら進んで行う」という意味である通り、ボランティア活動というのは大前提として“自発性”が求められるものであり、誰かに指示されるのを待っていたり、言われたことだけをやる、という“受け身作業”の真反対の行動だ。

ボランティアをしたい、と思った時、或いは目の前に広がる何かを見たときに「何かしなきゃ」と感じた時、理屈抜きに動いている、その衝動が 「voluntary」の根っこだとわたしは思っている。

一昔前までは、その衝動の行先は政府派遣の海外ボランティアぐらいしかなかったし、それを見せてくれる機会もその周辺に限られていたのかもしれないが、「日本のボランティア元年」と言われた阪神・淡路大震災以降、その選択肢は多様化し、時代とともに政府派遣ボランティアへの応募者が減少傾向になるのもある意味頷ける傾向と言えると思う。

「クラブ(尻上がりアクセントの方)でイベントして、その金で学校つくらね?」的ノリですら国際協力ができる、そういう形でボランティアを始める人が出現する時代になったのだと思う。

逆に言えば、政府派遣ボランティアでなければできないことって何だろう?ということが、今、問われているように感じる。

*この本の収益はすべて、カンボジアの小学校の維持費、発展途上国への寄付に充てられるそうです。

@@@

先日TVを見ていたら、「マザーハウス」という会社を立ち上げ、「メイド・イン・バングラディッシュ」というバックでバングラディッシュの自立支援活動を行っている山口絵理子さんのことを放送していた。

わたしはこの方のことを今まで存知あげなかったのだが、TVを見ていて、「こんな人もいるんだなぁ。」と、心底感心した。

感心したのは、まず行動力。

バングラディッシュに行くことを決めたのは、検索ワードに「アジア 最貧困」と入れたら、「バングラディッシュ」と出てきたから、だとか。

そこで、「必要なのは施しではなく、先進国との対等な関係だ」と気づき、ジュートという麻の一種で作られたバッグをバングラディシュで作り日本の有名店で売ることで、自立を支援することにした。

情熱大陸 HPより

そう。次に感心したのは、ビジネスに繋げた、という点。

ちょっと話は反れるかもしれないけど、例えば、大麻を育てて収入を得ている貧困国の貧困村があったとする。
ボランティア機関や国際機関でも何でもいいけど、そういう人たちがそれはイケナイと思い、他の作物の生産指導をしに行く。
でも、きっとその代替作物がただのトマトとかトウモロコシだったら、彼らはまた大麻を作り続けると思う。
なぜなら、大麻のほうが高く売れるから。

「援助」というと聞こえは良いが、「被援助者」に必要なのは「正しさ」ではなくて、お金なのだ。
明日食べるものもないのに、そこに正しさを説いても、通じないと思う。わたしは、そう思う。

言葉が足りないかもしれないけど、貧困国・貧困地域と言われる場所で、人を動かす最大の動機はやはりお金だと思う。
お金が入ること、そこに正しさとかやりがいとかも含まれて、モチベーションに繋がるのだと思う。

「マザーハウス」のバッグは、フェアトレードの店ではなくて、普通の百貨店の中に、他のブランドと同じ扱いで売られている。
「援助」や「寄付」としてお金を受け取るのではなく、商品の価値の評価として高い値段を付けても、そのクオリティーを認めてくれる人が多数いる。
そこまでのクオリティーにもってきた山口さんはスゴイと思うし、(言葉は悪いけど)途上国クオリティーに最初からあきらめないで、そこまで持っていけるんだ、と最初から思っていたという信念もスゴイと思う。

というのも、わたしもフェアトレード商品には興味があって、取り扱いがある店はよく見に行くのだけど、購入したことは殆どない。なぜなら、値段がとても高いから。
それがフェアトレードだよ、と言われてしまうと身も蓋も無いのだけど、例えば、「チャイハネ」や「仲屋むげん堂」「チチカカ」「MALAIKA」などの店に行くと、世界各国の商品が手頃な価格で売られている。
あの価格が“先進国の搾取なのだ!”というのであれば、そうなのか・・・と思うしかないのだけれど、お金持ちでもない一消費者としては、上述の雑貨店で2000円程度で買えそうな衣類や雑貨が、フェアトレードの店で5000円ぐらいで売られていたりすると、やっぱりちょっと手が出ないのである。そりゃ、良く見たら品質が違うのかもしれないけどね…。

「マザーハウス」のバッグはまだ手にとって見たことが無いのではっきりとは言えないけれども、どこかのデパートで、普通のブランド品バッグと一緒にイベント販売を行ったところ、期間中の売り上げが1位になったこともある、ということなので、やはりそれなりのクオリティーであり、理念の部分を無視しても、単純にバッグとしての完成度が高いものなのではないか、と思うのだ。
そういうものをバングラディッシュ・クオリティーで作った、ということが、スゴイと思う。

今後、こういう理念のあって、完成度の高い商品はもっと受け入れられていくようになると思う。

とても参考になる話だった。

マザーハウスHP

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秋の夜長のアラフォー文学&究極の徹夜本 

一時帰国時に本屋をうろついていたところ、文庫本の売れ筋ランキング1位に『どれくらいの愛情』(白石一文著)という本が並んでいた。

おいおい、白石一文って知らないよーということで、2冊買って帰り、北京でゆっくり読んでみた。

今回買ったのは、1位の『どれくらいの愛情』と、書店作成のPOPで、“白石文学の決定版”みたいなことが書いてあった『私という運命について』。

書かれたのが古い順で言うと、『私という~』なので、そちらから読んでみた。 

 

女性にとって、恋愛、結婚、出産、家族、そして死とは?

一人の女性の29歳から40歳までの“揺れる10年”を描き、運命の不可思議を鮮やかに映し出す

(『私という運命について』裏表紙の解説より)

主人公の女性は、高学歴のキャリアウーマン(死語?)で30代後半時点で独身。

FRaU』を読んでいる女性をターゲットに書かれた?と思いたくなるような設定で話は進む。
(あ、文芸春秋[著者経歴参照]だから『クレア』?)

著者の白石一文氏は、1958年福岡県生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。父は直木賞作家の白石一郎。双子の弟は小説家の白石文郎。元文芸春秋の週刊誌記者。

↑お父さん以下の情報は、今wikiで調べたのだけど、わたし、ずっと作者は女性だと思っていた。双子の弟の文郎氏の情報を見たら、「兄の一文氏も作家」って書いてあって「兄?!」と驚いた。

いや、一番最初は「一文」だから男性かな、と思ったのだけど、文中の料理や紅茶の描写がやけに女性的なので、あ、女性なんだ!と思っていたのだ。

男性だったのでビックリ。
(そして、サラブレッドかよ・・・ってことでちょっとガッカリ。)

白石一文氏の作品は、セリフよりも情景描写・心理描写が圧倒的に多い。
なので、セリフが多いミステリーに読みなれた頭には、ちょっと重いように感じる。
この重さというか、くどさ、というか、ウェットさが「文芸春秋に勤めている、早大政経卒の40代エリート週刊誌記者女性」というイメージにしっくり来てしまったため、女性だと思いこんでしまったのだ。

この2冊の本に関して言えば、主人公の女性は30代で結婚することの意味について逡巡している。
こういう設定、少し前までは20代女性が主人公だったはずなのだけど、今のリアリティーを考えると、やっぱ30代(しかも後半)なのかな、と。

わたしが白石氏を女性だと思いこんでしまったのは、この人が1958年生まれと書いてあったことも関係している。
1958年生まれだと、就職は男女雇用機会均等法以前。
28歳のときにこの法律ができたことになる世代だ。

わたしの個人的なイメージだけど、均等法以前の女性就職者(アシスタント職ではなくて、所謂総合職系)は人生に対して厳しい人が多く、均等法世代もそれを背負っている感があるため、自分(と他人、特に後輩女性)に対して厳しい人が多い、と思う。

『私という~』の主人公の亜紀にもそういう厳しさを感じたので、作者は均等法世代以上の女性なんだろうな、と思ったのだ。

とても真面目な本なので、あっはっはと面白いってわけではないけど、つまり亜紀のような人生を歩いている人たち(具体的には30代後半以上で独身で仕事を続けている女性たち、或いは男性もかも。)にとっては、「わたしのことかも。」と思わせる、そういう今の時代のリアリティーがあるように感じた。

まさに現代のアラフォー文学。

@@@

秋の夜長の徹夜本、と言えば、コレ。(新刊じゃないけど)


何が徹夜本って、とにかく分厚い!
文庫で『白夜行』が厚さ3.3センチ(854ページ)、『幻夜』が3センチ(779ページ)! 

以前、京極夏彦先生が、

「作家には2種類いる。宮部みゆきと、宮部みゆき以外だ。」

と仰っていた。

『模倣犯』の頃はわたしもそう思っていたが、今は、

「作家には2種類いる。東野圭吾と、東野圭吾以外だ。」

と思っている。

東野作品を読んでいるときが、最近一番幸せを感じる。

その中でも、「早く続きが読みたい~!」という気持ちと、「終わるのが惜しい・・・」という気持ちが交互に襲い、夜読み始めて朝の8時過ぎまで読んでしまった、恐怖の徹夜本が『白夜行』なのだ。

これ、ドラマ化されたらしいが、東野作品の映像化されたものはまだひとつも見ていない。

この恐ろしい徹夜本には続編があり、それが『幻夜』。

これも結局朝まで読みふけってしまった。

『幻夜』は『白夜行』の続編的位置にあるので、これはくれぐれも順番を逆に読んではいけないし、できれば続けて読むと、細部に隠された仕掛けが読み取れて2倍楽しい。
但し、2冊読むということは、二晩徹夜するということになるので、週末をつぶしてしまう可能性、大。

連休時のお伴に。

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秋の夜長のDVD鑑賞 

久しぶりにDVDを見たら、なんだか頭が冴えて眠れなくなったので、もう1本見てしまった。

映画1本目は『少年メリケンサック』。 
クドカンものは見ておきたいなぁ、と思って。

 


宮崎あおいって、『篤姫』見てないから久しぶりで・・・というか、『害虫』以来映画では見ていないかも。

宮崎あおいはさすがですね、って以外特にコメントは無く、おっさん陣に胸キュン☆でした。

ジミー役の若い時の峯田さん、サイコー。おっさん時代のトモロヲさん、サイコー。

佐藤浩市もスゴかった。『ザ・マジックアワー』見たとき、どうしちゃったんだろう?って思ったけど、あのまま突っ走ってる感じで面白杉。
その弟役がキム兄っていうのも、めちゃくちゃ杉。
目が細いから選ばれた???

『メリケンサック』で目が冴えてしまったので、今度は落ち着いた作品に。


映画熊坂出第1回監督作品という『パーク アンド ラブホテル』。

公式サイト;
http://pff.jp/park/

 


映画のコピーは

その街の ラブホテルの屋上には 小さな公園が ありました

主役は「りりィ」。

どんな映画か前知識無かったけど、もうこれ、絶対にいい映画だと思った。

結論としては、本当に良かった。

13歳の少女役の梶原ひかりって子の表情がすごく印象的だったけど、特典映像の舞台挨拶見たらアイドルっぽくてガッカリ。
この子、こういう演技できるのに、勿体ないなぁ。

59歳のラブホテルのオーナー役のりりィ、良かった。
(懐かしのちはるなんてのも出ている!)

この映画を見ていると、まず、「女っていいな」と思った。
この映画は主要な役はいろいろな世代の女なのだけど、どの世代も大変で、でも、良い。

りりィは皺もシミもあるけど、それもイイ。
年相応、って良いと思う。
よく、手術なんかで皺を取ったり、40代なのに20代(しかもギャル系。親子なのに姉妹に見える!とか)に見える人とかいるけど、あぁいうのはちょっと妖怪っぽい。
若く見えることが良いんじゃなくて、若いことが良いのであって、若くない人が若く見せるのは違うと思うんだよね。
若く無い人には、若くない人の魅力があるはずなのに、そっちを育てないで若い人が持つ魅力を維持しようと思うのは、無理が出て妖怪になる。

年を取ってハゲられない俳優は面白くないと思うし、
目尻の皺がカッコよくない女優も魅力無いと思うなぁ。

わたしは金八のころから倍賞美津子が好きなんだけど、あの人、今では目元の皺なんかスゴイけど、あの皺がカッコいい。
あぁいう皺がカッコいい女優さん、素敵だと思う。
まぁ、アントニオ猪木と結婚するぐらいだから、もともと気合入ってる人なんだろうけど。
(とういか、猪木と結婚していながらショーケンと不倫しているって、気合入りすぎ!)

映画の中では、りりィはほとんど笑わないので分からなかったけど、メイキング映像見ていて、誰かに似ている!と思ったら・・・
鬼奴にソックリ!
口元とか、笑い方とか、しゃべり方が凄く似ている!

鬼奴、もともとキャラ濃いけど、今後40代~50代にかけて、日本映画の世界で良い味出していくかも。
ラブホテルのオーナー役の鬼奴とか、見てみたい。

+++

その他、最近見た映画。

@@@

『ゆれる』


◆丁度TVで西川美和監督のインタビューをやっていて、いきなり見る気になった。

ジョー先生がセクシーすぎてクラクラしますた。

香川照之ってすごいね、と思った。

@@@

『ドロップ』

 

◆あの品川さんが撮った映画でしょ・・・と思っていたのだけど、見たら本当に面白くて参った。

最近のイケメン事情に疎く、水嶋ヒロって誰よ、と思ったのだけど、マヂで不良がカッコ良くて参った。
中学生役にしてはみんな老けてるけど。

『岸和田少年愚連隊』好きな人は面白いかも。

 レイザーラモンHGが出てたんだけど、サングラスしてないからわかんなかった。
素顔、あんななんだ!(もっとイケメンかと思った)
やけに身体イイ奴が出てんな、と思ったよ。

@@@

『デトロイト・メタル・シティ』

 

◆松ケンだから面白いんだろうな、と思ったけど、面白かった。

松ケンって引き出し多いよね。面白すぎで可愛すぎ。

松雪さん、パンツ丸見せでスゴイ。

こういうバカバカしい映画、大好き。

@@@

『歩いても 歩いても』

 

◆是枝裕和監督作品なので、見てみた。

タイトルはいしだあゆみの『ブルーライト ヨコハマ』の歌詞だって映画の中で言われるまで気がつかなかった。

映画に出てくる樹木希林が作っている料理が美味しそう。

阿部ちゃんの抑えた演技がまた良かった。
この監督のYOUの使い方、好き。

@@@

『パコと魔法の絵本』


◆今年見た映画の中で一番良かったかも。

2回続けて見ちゃったよ。役所広司じゃなきゃ、そこまで思わなかったかも。

あの大阪弁のヤクザが気になって、誰だか調べてしまった。

この映画は、良い。

@@@

『どろろ』

 

◆いつも思うのは、「柴崎コウさえ出ていなければ!」。

この人、いっつも原作に無い役をやって、「これさえ無ければ・・・」って思わせるんだよね。
キライだなぁ。

妻夫木クンは良いのに。

@@@

『めがね』

 

◆自分的に好きなんじゃないか、と思って見たのに、ものすごくイラっと来てしまった。
たぶん、わたしのコンディションに合わなかったんだろう。

2008年のヒット作らしいけど、日本で一生懸命働いている人の心にこそ響く作品なのかも。

『かもめ食堂』のアンサーソング(っていい方が適切かわからないけど)的な作品みたいだけど、実は『かもめ』の方もそれほどグッっと来なかったんだよね。
小林聡美は好きなんだけど、もたいの演技がダメなのかもしれない。
もたいまさこに「珍しいキノコ舞踏団」的要素が加わると、ちょっとあざとすぎるのかも。
最後の赤いマフラーとかね、いいんだけど、イラっとくるんだよなぁ。何故か。

(あと、何故か勝手に「おぎやはぎ」が出ていると思いこんでいて、出ていなかったのでガッカリした。)

大多数の賛同を得られないコメントだと思いますが。

@@@

『チャーリーとチョコレート工場』

 

◆アメリカの映画ってほとんど見ないのだけど、これは面白かった。
ジョニー・ディップって上沼恵美子に似ている。
要は大阪のおばさん顔。

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《童貞放浪記》とDTに関するスレ。 

偶然であるが、ちょうどDT小説を読んでいたので、それも併記。(DT映画篇の続き)
あ、昨日のブログ読んでない方のために改めて書いておくと、DT=童貞。

童貞放浪記


T大出だがDTの30歳の大学講師がDTを喪失しようといろいろとガンバル物語。

これも映画化されているらしい。(今、日本で公開中だけど、こっちは見ていない) 
*映画《童貞放浪記》公式サイトはこちら

※中国在住のみなさん、YouTubeまだ見られないかな?ゴメン!
YouTube接続不可な方は、上述オフィシャルサイトで見てください。m(_"
 _)m


この映画の主役の山本浩司って、偶然だけど《色即~》にも出ている。
DT俳優と命名。(《色即~》ではDT役ではないけど。)
映画の方は見ていないので、本の方の感想。
一応小説の体裁を取っているが、ほとんどノンフィクション。
T大のような一流大学には、女を買うのはおろか、結婚するまでセックスはしてはいけないと考えるような堅物が結構いたのである。今はどうだか知らないが、淳が在学していた一九八〇年代前半には、明らかにそうだった。
これ、本当にそうだと思う。
って、わたしT大卒の友人なんていないけど、かなり昔、T大卒の人たちとお酒を飲む機会があったが、彼らの酔い方にドン引きした経験がある。
一目でSDT(素人DT)だとわかる飲み方をするんだもの。
まぁ、DTかどうかは知らないけど、そこにいる女子が素人か玄人かの区別が全然ついていない飲み方をするのに驚いた。
あれはたぶん、在学中はお勉強ばっかりしていて、社会人になったとたん接待されるような地位になってしまい、飲み会=玄人女性、という習性が身に付いてしまったんだろうな。
これもかなり昔の経験で、ちょうど世の中が「ノーパンしゃぶしゃぶ」で話題になった時期の話。
なので、官僚があの“特殊しゃぶしゃぶ”を普通に楽しんでいたという感覚、「あると思います!」と思ってニュースを見ていた。
今のT大のことは知らないよ。
で、肝心の小説だけど、まぁ、面白いと言えば面白いけど、これってT大でなくてもある程度年のイったDTならみんなこの程度には面白いネタ、持ってるんじゃない?と思った。
どちらかというと、以前読んだこのスレッドのほうが面白かったな。
最近は巨大掲示板書き込みのレベルが高いので、ついつい長時間読んでしまう。
こっちも↓涙流して笑ってしまった・・・専業DTの皆さん、スマソ。

童貞の彼氏が初体験のとき勃たなかったので

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《色即ぜねれいしょん》舞台挨拶を見に行った記 

初めて、映画の舞台挨拶なるものに行ってみた。
見に行った映画は、相棒もわたしも、その生き方をリスペクトしているみうらじゅん原作の《色即ぜねれいしょん》。

※中国在住のみなさん、YouTubeまだ見られないかな?ゴメン!
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 _)m

舞台挨拶ってどうやったら見られるのかな?と思っていたら、そういうチケットが売っているのね。

音楽を聴かないわたしは、この映画にどんな人が出ていたのか、見てもわからなかったけど、舞台挨拶で監督の田口トモロヲがキャストを紹介していたので、「あの人、やっぱり歌手だったんだー」と思った次第。

主役の渡辺大知クンは「黒猫チェルシー」というバンドをやっている人らしい。これは聞いたこと無かったなぁ。

ユースホステルのヒゲゴジラは「銀杏BOYZ」の峯田和伸という人。
「銀杏BOYZ」は名前は聞いたことあるなぁ。どんな音楽かは知らないんだけど。

主人公の家庭教師役の人がかっこいいなぁ、と思っていたら、この方は「くるり」の岸田繁という人だった。「くるり」というのもカラオケで誰かが歌っているのを聞いたことがあるけど、オリジナルは聞いたことが無いなぁ。この人の顔や雰囲気がかっこいいから、「くるり」って人気あんのかな、と思った。
日本にいるうちにYouTubeで音楽聞いてみよ。

あ、トモロヲさんが「ばちかぶり」ってバンドやってる(た?)のや、みうらじゅんがイカ天で「大島渚」ってバンドやってたぐらいまでは知ってるよ。
「大島渚」が『カルフォルニアの青いバカ』って曲を歌っていたんだけど、この映画で『カルフォルニアの青い空』って曲が流れて、初めて「あ、オリジナルあるんだ!」って知った。

@@@

これ、どんな映画かっていると、DT映画。
(DT=童貞)

男子校に通う高校生が、夏休みにDT喪失にチャレンジする、という男子永遠のテーマで、目新しくはないんだけど、鉄板で面白いテーマ。

以前、みうらじゅんが

「青春とは、いかに童貞喪失をこじらせるか、という問題で、そのこじらせている期間のことを指す」

という名言を吐いていらっしゃったが、だからこれはまさに青春映画。

青春を長引かせたかったら、ずっとDTであれば、それだけ青春が長くなる、とも仰っていた。

舞台挨拶でも、父親役で登場していたリリー・フランキーが

「自分の高校生の時期、童貞であることにモヤモヤしていたが、結局高校生の時期には喪失できず、それがずっと一種の恨みとなっていた。しかし、この映画を撮って、あのモヤモヤが青春だったのだ、とスッキリできた」

と仰っていた。
余談であるが、舞台挨拶中ずっと、渡辺大知クンは“プロの童貞”“専業童貞”と呼ばれていた。
それが彼のポジションなのか。

これを聞くにつれ、昨今の日本の若者のDT&SJ(←わかるよね?)喪失が低年齢化しているようであるが、これは本当に勿体無いことだと思う。
DT&SJの期間をいかにこじらせるかが、青春時代を面白くさせる一大要因だというみうら氏の意見に、わたしも一票を投じるものである。

この映画については、

・高校時代DTについてこじれていた人には甘酸っぱくて面白いのではないだろうか。

・岸田繁はカッコいいと思う。

という感想を残しておく。

@@@

*明日はDT文学について。

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《水の彼方》著:田原 訳:泉京鹿 

“田原”という中国人作家が書いた小説《水の彼方 》(原題『双生水莽』)の日本語訳を読んだ。

この方、「タハラ」さんではなく、中国人でTianYuan(てぃえん ゆぇん)さん。
「田」が苗字で、「原」が名前。

どのような方かというと・・・

田原(ティエンユエン、: Tiān Yuán 、1985年3月30日 - )は武漢市出身のアーティスト、女優、小説家。

身長165cm。2001年6月16歳の時に、バンド 跳房子(Hopscotch)のメインボーカリストを担当した。2002年6月にアルバム『A Wishful Way』をリリース。同年、小説家としてのデビュー作『斑馬森林』を発表。2004年に『蝴蝶』で映画初出演。第24回香港電影金像奨で最優秀新人賞を獲得した。

wikiより

とある機会に田原が16歳の時に歌っていた「跳房子(Hopscotch)」の音楽を聞いたのだが、8年経った今聞いてもカッコよくて古くなっていない。

そういう、音楽の方面にも才能があり、また女優としても充分な美貌を持った人の書いた、しかも“80後”(80年代生まれ)が書いた小説、ということに興味を持ち、読んでみた。

田原の小説の日本語版出版については、日本でも記事になっている。
ちょっと長いけど、この小説の“位置づけ”について説明したいので、全文掲載。
田原の写真を見たかったら↓をクリック。

「中国13億人の女神」の原点 田原初の小説邦訳出版

その存在を一言で表現するなら“ピュア”。切りそろえただけの黒髪。濁りのない美貌(びぼう)は、背景の緑にとけ込んでしまいそうだ。彼女の名前は、田原(ティエンユエン)(24)。中国圏で活躍中の歌手、女優、作家…。ただ、あどけなくも妙に哲学的な瞳だけが、のぞきこむと引き込まれそうな不思議な光を湛え、「中国13億人のミューズ(芸術の女神)」と呼ばれる理由が分かる気がする。


 田原は、自著の小説『水の彼方 Double Mono』(泉京鹿訳、講談社刊、1600円)の邦訳出版記念プロモーションのために来日した。


 出会った彼女は、「80后(パーリンホウ)」と呼ばれる1980年代生まれの一人っ子世代があがめるカリスマ・アーティストらしからぬ気さくさで、気軽にサインに応じていた。


 「中高生のころ、私はずっと水底にとらわれていて、水面の向こうにぼんやりした影を眺めて陸の世界を夢みていた。私は今、水の上からはい上がってようやく、世界を見た。でも、水底にいたときの記憶を忘れたくなくて」


 2007年に発表された同書を書いた動機をこう語る。原題『双生水莽(すいもう)』は中国の古典怪奇寓話(ぐうわ)集『聊斉志異(りょうさいしい)』の一編『水莽草』からとった。この水莽草を誤って食べると水莽鬼となって水底にとらわれてしまう。


 文化大革命も天安門事件も知らない中国の少年少女たちが、真綿で首を絞められるような閉塞(へいそく)感の中で求めもがいて傷つく青春を水莽鬼と重ね、夢と現実の入り交じる高度な表現手法で紡ぐ。


 田原は17歳でバンドのヴォーカリストとして音楽デビュー、武漢を一歩もでたことのない“田舎娘”が、海賊版の洋楽CDで覚えた英語で詩を書いて作曲しネーティブと変わらぬ発音で歌う奇跡は中国の若者たちを熱狂させた。


 「家は豊かではないけど、両親が色々な本を与えてくれた。モーパッサン、バルザック、ニーチェ…。ピアノもギターも習わせてくれた」。貧しくとも背伸びをして一人娘に惜しみない知識と教育、期待と愛情を注ぐのが80后の親たち。結果、小皇帝とよばれるひ弱でわがままな若者に育つこともある一方で、田原のようなマルチな才能を生むことも。「80后はみんな一つのことに集中せずいろんなことに手を出しちゃう」


 秋には日本でのCDリリースも予定。しかし「私が一番自分を表現できているのは小説」。日本の本格的音楽デビューの前に中国のミューズの素顔を知りたいなら、まず同書を読むことをお勧めする。

+++

中国の世代間格差は日本以上に激しい。

中国では、ちょっと前までは“70後”が所謂“新人類”的なイメージで各方面で語られていたが、今では“80後”が“新人類”として議論されている。

年齢で言うと、“70後”は30代、“80後”は20代になるが、都市部で暮らす(←ここポイント)彼らの行動は、日本で考えられている所謂“中国人”のイメージとはかけ離れていると思う。
“70後”“80後”の中国人は、自家用車に乗り、リーバイスのジーンズやコンバース(もちろん本物)を日常着とし、通学・通勤途中はプレステやDSをする。iPodで音楽を聴き、ネットで買い物をして、洋楽を聴き、洋画を見る。
オタクも存在し、日本のアニメについてほぼリアルタイムでキャッチアップしている人たちも数多くおり、コスプレ文化も充分に浸透している。
彼らの親世代にあたる人たちは文革世代で、その苦い体験から本音のところでは政治も宗教ももうこりごりだと身に沁みて感じていて、極端な拝金主義に走り、株や不動産への投資に目の色を変える一方、その子世代は今の日本の同世代と同じように、閉塞感を感じている、なんてこと、日本人はあまり感じていないと思う。

ただ、日本との違いは、日本ではこの閉塞感が全体にまんべんなく覆っているけど、中国では地域格差もあるんじゃないかな、とは思う。
都市部と農村部では同じ年代の子でも情報量も親の経済状態も違うから、見えてくる未来も当然違ってくる。

だから、この《水の彼方》を、わたしは「80後の都市部の若者が見た現在」と思って読んでみた。
(というか、“80後”の定義には地方の貧困地域の子は一人っ子ではないから含まれていないと思うけど。)

@@@

これを読む前に、既に読んだ方から

「この本は、40歳を境に共感できる・できないラインが生まれる」

と聞いていた。
ギリギリ“60後”(そんな言葉ないけど)のわたし、結果的には二者択一で言えば後者だった。

これ、この小説がつまらないと言っているのではないよ。
その時代を通過してしまったものとして、客観的に読んだ、ということ。

この小説を読んでいるときにデジャブのように思い出したのが、綿矢りさの《蹴りたい背中》を読んだときの、「何?!この危うさ!」という驚き。

《蹴りたい…》は19歳という最年少で芥川賞を受賞した作品、ということだったが、この年齢の人しか書けない、剥きだしの感性で、というか、感性のみで描かれたような作品で、読みながらその危うさにドキドキしてしまった。
一方、確かにすごい感性で書かれた作品ではあるけれど、剥きだしの瞬発力から生まれたような作品に芥川賞を与えて良いのか、とも思った記憶がある。

綿矢りさが芥川賞を受賞した2004年、鷺沢萠が自宅トイレで首吊り自殺で亡くなっている。
鷺沢萠とは年がほぼ同じだったこともあり、彼女が19歳で文壇デビューしたことは良く覚えている。
鷺沢萠作品はわたしの嗜好に合わなかったので読まなかったため、この作家が感性の力でストーリーを進める作風で書いていた人なのかどうか判断できないが、35歳で自殺したと知った時、「19歳なんかでデビューしたのがキツかったんだろうな」と思った。
本当の死因はわからないけどね。

って本題から逸れたけど、そういう“感性に任せて文字を羅列”した文学、というのが《水の彼方》に対するわたしの第一印象。
でも、それはバラバラではなくて、田原は作詞もするようなので、歌の歌詞のような繋ぎ方というか、そういう、思考がぱっぱぱっぱ飛びながらも、ひとつのテーマで繋がっているという、そういう小説。

この思考の飛び方にわたしは乗ることができず、それを客観視するしかなかった。

これはわたしの年齢もあるかもしれないが、たぶんそれ以上にわたしが音楽を聴かない人間だということもあるかと思う。
わたしは「リズム」が苦手で、音楽を聴くことができない。
唯一聞けるのは「メロディー」のある音楽で、歌詞にストーリー性がしっかりとあるものだけだ。
なので、中島みゆき、ユーミン、サザン、清志郎、椎名林檎あたりは耳で追うことができるのだけど、他のはだいたい、全く思考がついていかなくてダメだ。
これは10代からずっとそう。音楽の聴き方が良く分からない。

この本が10代の日本人が書いた本だったら、途中で読むことを止めていたかもしれない。
共感できない音楽を途中で止めることと同じで。

でも、わたしは全部読んだ。
正直、最初は厳しいと思ったが、次第に興味が深くなっていった。

中国の、“あの”中国の80後世代はこんな世界観を持っているんだ…ということへの興味がページを進ませた。

今、中国はこんなところまで来ている、そういうリアルな部分をこの小説はビンビンに感じさせてくれる。
ちょっと生々しすぎるぐらいだ。

これがこの本の正しい読み方なのかはわからないけど(そもそも“正しい読み方”なんて無いと思うけど)、この小説の登場人物がアメリカやイギリスや日本では無く、“あの”中国の地方都市・武漢を舞台に描かれている、そう思って読むと、この小説の意味と面白さが実感できるんじゃないか、と思う。

 

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同書は北京では、『サロン・ド・千華』で日本語版を購入出来ると思います。
在庫の有無・値段等は《サロン・ド・千華》に問い合わせてください。

《サロン・ド・千華》


朝陽区関東店南街2号 旺座中心西塔501

ph;010-5207-8030

10:00~19:00

 

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当ブログにエントリーした情報をindexページに纏めました。 
 

《週刊中国的生活》 
index:レストラン 
《週刊中国的生活》 index:中国茶 

《週刊中国的生活》 
index:北京おもしろSpot 

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梁石日《闇の子供たち》と臓器移植問題 

梁石日(ヤン・ソギル)原作、宮崎あおい主演の映画《闇の子供たち》に、タイ国内において敏感な児童買春に関する内容が含まれていることに気が付いた主催者が、2008年9月23日に開催されたバンコク国際映画祭 (Bangkok International Film Festivalに、当初出品予定だった《闇の子供たち》の上映中止が20日に報道され、開催時に中止が発表された、という記事を読み、原作を読んでみたくなって購入した。

映画の方はまだ見ていないので、今回のレビューは小説のほうについてのみだが、かなりショッキングな内容だ。
ノンフィクション風に描かれているが、「え?そこまで・・・?!」と思う部分がかなりある。

闇の子供たち 【内容情報】(「BOOK」データベースより)

貧困に喘ぐタイの山岳地帯で育ったセンラーは、もはや生きているだけの屍と化していた。実父にわずか八歳で売春宿へ売り渡され、世界中の富裕層の性的玩具となり、涙すら涸れ果てていた…。アジアの最底辺で今、何が起こっているのか。幼児売春。臓器売買。モラルや憐憫を破壊する冷徹な資本主義の現実と人間の飽くなき欲望の恐怖を描く衝撃作。


実際のところ、内容のフィクション性については疑問の声も多く出ている。
(詳細については、Wiki「作品内容のフィクション性」参照)


映画の話題性に惹かれて購入した本だが、梁石日という作家、幻冬舎という出版社の2つの点から身構えて読んだことは確かだし、読み進めるにつれて、「う~ん・・・ちょっと書きすぎじゃないのかなぁ。」と思う点は結構あった。まぁ、想定内ってやつ?


梁石日の原作の映画は《月はどっちに出ている》はとても好きで何回か見ている。《血と骨》の暴力シーンと《闇の子供たち》の幼児への虐待シーンは重なるものがある。同じ作家のカラーとして。


小説として面白くなかったわけではないが、不正な心臓移植をタイ国内では出来ないことへの指摘、本作に取材協力をした大阪大学医学部付属病院移植医療部の福嶌教偉は、フィクションの部分として、子供の心臓移植について日本人がタイで心臓移植を受けた例はないこと、他の子供の生命を奪っても自分の子供の生存を願う両親は存在しないこと、また、心臓移植には8人のエキスパートが必要なことから、機密保持、量刑の重さから、不正な心臓移植自体の収益性に疑問があることなど、小説の肝心な部分の信憑性に欠けていることから、ストーリーに気持ちが入って行けない。


「闇」を描きたいのはわかるが、自叙伝では好きに書いてもらって構わないけど、ノンフィクション風のフィクションで、現実以上の悪人を作り上げているとなると、映画の方はあまり興味無いかなぁ…。

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臓器移植と言えば、中国でもかなりリアルな話題だ。

中国では死刑囚の臓器移植が合法で行われている。



1995年の留学当時も、行方不明になった若い留学生や中国人の子供は臓器売買の対象として売られている、という噂がまことしやかに流れていた。
2000年当時、瀋陽の一番大きな病院の入口に、「腎臓売ります。〇型 Tel〇〇〇〇〇〇〇」という手書きの紙が時々貼られているを見たことがある。
95年当時の噂の真相は確かめようがないが、2000年の貼り紙は実際に見たものなので、そういう希望者がいたことは事実である。

臓器移植の問題は、倫理の問題のみならず、経済格差の問題とも密接に繋がっていることを実感する。

いぜん中国でヤミ臓器移植、規制後も邦人17人が手術



臓器売買禁じる「人体臓器移植条例」施行される - 中国
(中国)国内では毎年約5000件の臓器移植手術が実施され、中国は米国に次ぐ世界第2位の臓器移植大国となっている

中国臓器移植で日本人逮捕


臓器移植のお値段
「肝臓や腎臓の移植を受けられるのは、主にフィリピン、中国、インドです。臓器の代金はどこも移植手術代とセットで、インドが約100万円と最も安く、フィリピンと中国は1000万円前後。使われる臓器はインドとフィリピンが主に貧困層が売ったもの、中国では死刑囚のものです。これまで日本人が海外で臓器を買い移植した数は中国で数百人、フィリピンで数十人、インドは数人程度。アジアでの移植はドナーの身元が不明確な場合が多く、病気などの不安もあって、日本人には普及していません」

比が腎臓売買公認へ、「倫理」「安全」懸念の声


[1127]中国の死刑と臓器売買 
世界で死刑が多い国といえばダントツで中国。2006年では世界の年間の死刑執行が約4000件。そのうち3400件が中国で執行されています。死刑執行の数は国家機密のため公表されませんが、実際にはもっと多い7500~8000人が中国で死刑にされていると言われています。人口が多く、その分犯罪も多く、そしてその犯罪の影響が大きいため極刑で対処しなければなら無い事情が中国にはあるようです。

この記事、2007年11月に書かれたものだが、「200万円というと中国では一生暮らせる金額」という記述を見ると、ちゃんと調べて書いているのか疑問に思う部分もある。
今の中国では、200万円は決して一生暮らせるような金額ではないよなぁ。
役人や黒社会の人たちが関わっているようだけど、彼らにとっては、200万円なんて決して一生レベルの大金ではないよ。
この辺に、中国に対する先入観を感じる。

 

 

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DVD鑑賞雑記 

最近見たDVDの感想など。

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《誰も知らない》

1988年に発生した巣鴨子供置き去り事件を題材として、是枝裕和監督が15年の構想の末、満を持して映像化した作品。
主演の柳楽優弥が2004年度のカンヌ国際映画祭において史上最年少及び日本人として初めての最優秀主演男優賞を獲得していたので、見たいなぁと思いつつ、何故か見ていなかった。
友人に頼んでDVDを送ってもらい、やっと見ることが出来た。


柳楽優弥くんも気になっていたのだが、YOUが母親役というのがとてもとても気になっていた。
そう来たか・・・と思って。

映画を見て、この監督スゴイ!と思った。
YOUの使い方がスゴイ。


YOUって生活感の無い感じなのに、この映画では見事4人の子供の母親に見える。
いかも、如何にも全部父親の違う子供で、その子供を放っておいて新しい男のところに転がり込みそうで、悪気がなさそうで、そこをウェットになりすぎずに表現できているYOUがスゴイと思った。
これ、母親がすごく嫌な感じの印象が残ると、映画全体のイメージが変わってしまうと思うのだよね。

 
YOUって、小泉今日子以来の掘り出し物女優じゃない?


柳楽くんが良いというのはカンヌが言っているのでもういいとして、一番下の女の子がとっても愛らしくて、久しぶりに子供を見て可愛いなぁと思ったね。
あの子は可愛い。


この映画のコピーに、「生きているのはおとなだけですか?」と書いてあって、ドキリとした。


子供を置き去りにして親が逃げてしまうのは
立派なネグレクト(育児放棄)で、幼児虐待と同義だと思う。この世界は大人だけが生きているわけではないし、子供は大人のおもちゃじゃない。ペットでもない。《誰も知らない》を見ていると、子供も大変だよなぁ、いや、子供だから大変だよなぁ、と思った。


すごく重いテーマを描いているのだけど、淡々としていて、子供から見たら現実ってこんな感じなのかもしれない、と思ったり。


(とても良い映画だったけど、その後柳楽くんがカンヌのプレッシャーからか病んでしまったのが気になる。)


《誰も知らない》映像は
こちら

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《アフタースクール》

一時帰国していた時、新聞の映画コメント欄で5つ星中満点の5つ星が付いていたので、すごく見たかった映画だったので、これも友人にDVDを送ってもらって見た。


最高

最高に面白い。


5つ星、納得。


大泉洋、佐々木蔵之介、堺雅人が出ていて、このメンズが良いね~。
特に洋ちゃんの使い方が上手くて、純粋な観客はまんまと監督に騙されたよ。


この素晴らしく面白いストーリー、内田けんじ監督のオリジナル。
最近は小説やコミックの原作物が多くて、原作負けしている映画が多い中、これだけ凝ったオリジナルストーリーで楽しませてくれる映画は本当に楽しい。


《アフタースクール》予告編は
こちら


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《人のセックスを笑うな》


原作がとても好きで、映画の主役が松山ケンイチくん&永作博美と知り、これは映画も期待できる!と思って、これも友人に送付をお願いしたもの。


普通、原作モノって映像を見るとがっかりすることがほとんどだけど、この映画は良かった!
原作とはちょっと違うけど、恋する切なさが凄くリアルに描かれていて、見ているだけで胸がキューーーーーン!となってしまう。


“恋”ってこんなんだよなぁ・・・っていうのを、松ケン見てたらすごく感じる。


切ねーーーーー。


映画と原作、別物だけど、どっちもいい。


みるめくん役が顔だけの某J事務所の若い男の子なんかじゃなくて良かった。


猪熊さん役やあがた森魚っていうの、これ以上ないぐらいヒット。


ちなみに、わたしの大学のゼミの先生、大学の先生になる前に高校だか中学の教師していて、あがた森魚に教えたことがあるって言ってたな。
関係ないけど。


この監督、センスいいなぁ。

「だって触ってみたかったんだもーん。」

名セリフだーーー。

う~ん・・・原作、もう一回読もう。

《人セク》予告篇はこちら

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《腑抜けども、悲しみの愛を見せろ》

《人セク》で「永作博美いいなぁ」と思ってふと我が家の在庫DVDを見たら、この映画にも永作が出ているのを見つけ、見てみた。
サトエリ主演に期待して買ったものの、ずっと見ていなかったのだ。

いやいやいや・・・面白かった。見て正解。

永作はやっぱり面白かったけど、「どうなの?」と思っていたサトエリがすごく良かった。
性格悪そうで、頭も悪そうで、救いようがなさそうで、ルックス抜群で、でも病気な感じで、この役はサトエリ以外に考えられない。


古い話で恐縮だが、《セーラー服と機関銃》は薬師丸ひろ子の最後の「カ・イ・カ・ン☆」、このセリフのときに 彼女が可愛ければあとはどうでも良いと監督が言っていたのを読んだことがあるのだけど、女優というのはそういうものなのだと思う。
どのシーンも綺麗である必要はない。
大事なシーンでだけ綺麗で、他のシーンでは不細工で良いのだと思う。
その一瞬が綺麗になれる人のことを女優と呼ぶのだと思う。


そういう意味でも、この映画のサトエリは相当不細工だったけど、それがまた良かった。
妹役の佐津川愛美もスパイス効いていて良かった。
この子、本当はかなり美少女だよね。
そう見えないのが、また良かった。


ストーリーもホラー入っていて面白いし、久しぶりに見た永瀬正敏も良かったし、とてもキャスティングの良い映画だった。
明和電機(弟)が出ていたのには笑った。


《腑抜けども、悲しみの愛を見せろ》って、語感が《君よ憤怒の河を渡れ》に似てない?
つか、《君よ憤怒の河を渡れ》って何ですか?って話だが、中国在住者には《追捕(zhui1bu3)》と言えば「あ~…」となるだろうか。
中国で最初に上映された日本の映画がこれで、この映画により高倉健と中野良子は中国中で有名となり、今でも相手が日本人だとわかると「《追捕》を見たか?中野良子を知っているか?」と言う中国人がたくさんいるのである。


40代以上の中国人だと知らない人がいないぐらい有名な《君よ憤怒の河を渡れ》だが、わたしはこの映画を見たことがある日本人には未だかつて会ったことがない。
わたしも見たことがない。(特に見たいとも思わないが。)
中野良子も知らない。
我が愛する原田芳雄様が出ていたということは最近知った。
高倉健より原田芳雄のほうがカッコいい。
声、最高に渋いし。


“追捕”とずっと聞いていたが、その原題が《君よ憤怒の河を渡れ》などという長いタイトルだと知ったのもかなり後のことだ。


まぁ、どうでもよいことだが、《腑抜けども、悲しみの愛を見せろ》という長いタイトルを見て思い出しただけのことである。


《腑抜けども、悲しみの愛を見せろ》公式サイトは
こちら

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久坂部羊《無痛》と刑法39条 

昨日に引き続き、医者文学シリーズその2。

《無痛》久坂部羊

文庫本の帯に「外見だけで症状が完璧にわかる驚異の医師が犯人を追いつめる!」と書かれていたので、当然そういう小説かと思って読み始めたら、なんだかテーマが違う気がする。
確かにそうしう「驚異の医師」は登場するが、メインテーマは刑法39条に集約される。
刑法39条と言ってピンと来なくても、「心神喪失者の不処罰および心神耗弱者の刑の減軽」について定められた法律、と言えばあれか、と思うだろう。

刑法39条 
1 心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ   
2 心神耗弱者ノ行為ハソノ刑ヲ減刑ス

わたしがこの本を買ったのは折しも日本では「千葉・女児死体遺棄事件」通称「幸満ちゃん殺害事件」が話題になっていたときだった。
その時にはこの本のサブテーマを知らなかったし、この本自体は2006年4月にハードカバーで出版されているものなので、この事件に触発されて書かれたものではない。
しかしながら、非常にタイムリーな内容で、読みながら何度も深く考えさせられた。

映画《デスノート》もコミックで描かれているがテーマは刑法39条への疑問だ。
同じ意味で考えさせられるのが刑法41条。

刑法41条
14歳ニ満タナイ者ノ行為ハ、罰シナイ。

先日読んだ東野圭吾の《さまよう刃》は最愛の娘が未成年者に陵辱され殺された父親が、刑法41条の適用を恐れ、独自で犯人を追いつめるストーリーである。
実際に日本でも14歳以下の子供の残虐な事件は増えており、「刑法41条」のキーワードで検索をかければ、それに疑問を持つ人たちのサイトがいくらでも出てくる。

《無痛》には刑法41条の問題も多少出てくるが、大きなテーマはやはり39条のほうだ。

文中にこんな記述があり、非常に驚いた。

この法律で不起訴になった精神障害者は、二〇〇三年だけで六百四人。そのうち七十四人が殺人を犯していた。
日本のどこかで毎月六人が精神障害者に殺されている計算だ。この数字はここ数年変わっていない。

刑法39条は、先天性の精神障害者のみならず、泥酔者・覚醒剤使用者にも適応される。
39条が議論される背景には、「泥酔者・覚醒剤使用者にも適応」という部分も大きいと思われる。
わたしのような法律素人から見ても、精神障害者はまだしも、泥酔者・覚醒剤使用者に適用とは寛大すぎると思う。
特に覚醒剤に至っては、使用そのものが法律を犯している上に、殺人まで犯したら二重に犯罪のはずが、マイナス×マイナスはプラスの法則が働くのか、正常な状態の人より厚遇されてしまうではないか。これって、やっぱりおかしい。

比較的最近(2001年)では大阪教育大学教育学部附属池田小学校児童無差別殺傷事件の犯人が、過去に15回も様々な犯罪に手を染めていたが、この刑法39条を悪用し精神障害者を装い、精神科通院歴を楯に不起訴処分(あるいは保護観察処分)という比較的軽い処分を経験したという事実が刑法39条見直し論に火をつけたように思う。(ちなみに、この犯人は御存じのように2004年9月に死刑執行されている。)

昨年9月に起きた幸満ちゃん殺害事件に関しては、メディアの介入により、この問題をさらに複雑化させている。

幸満ちゃん殺害事件の裏にTBSのモラルなき蛮行

 昨年12月、千葉県東金市の成田幸満(ゆきまろ)ちゃん(5歳)を殺害したとして勝木諒容疑者(21歳)が逮捕された。だが、勝木容疑者が知的障害者であったため、全国の特別支援学校などから「いわれなき偏見を生んでいる」と訴えが続くなど、やり切れない状況になっている。
そんななか、「事件をめぐる一部の報道こそ、捜査をかく乱し、差別も助長した」という指摘が警察、弁護側双方から噴き出してきた。(詳細はニュースサイト参照

本筋とは逸れるが、刑法39条が心神喪失者の不処罰および心神耗弱者の刑の減軽について定められた法律、刑法41条が14歳以下の未成年の刑の軽減について定められた法律だとすると、間の刑法40条は何?と気になって調べてみた。

刑法40条
削除

削除されている。
何を定めた法律だったのだろう。
さらに調べてみた。

旧刑法40条
いん唖者ノ行為ハ之ヲ罰セス又ハ其刑ヲ減軽ス

(*いん唖者とは、聴覚機能を失っているために言語機能が発達しなかった者をいいます。聾唖(いんあ)教育の発達していない時代には、いん唖者は聴覚機能・言語機能をともに欠くため、精神的に未発達なのが通常でした。そのため、いん唖者の行為は罰しない、あるいは刑を減刑することにしていたのです。ところが、聾唖教育の発達した現代においては、いん唖者も精神を充分に発育させることが可能になりましたので、いん唖者に対する特別扱いを止めることにしたのです。)
http://www.soyokaze-law.jp/75-3.htm

法律に暗くてお恥ずかしいが、刑法40条が削除されたのは1995年。
たった14年前のことだったとは知らなかった。
このときに、いん唖者に対する特別扱いを止めるのであれば、39条の精神障害者への特別扱いも止めるべきだ、つまり、「法で罰せられる権利」を与えるべきだ、という議論もあったらしいが、結局40条は削除され、39条は残ったらしい。
(言い訳をすると、わたしは95年~97年は北京に留学中で、ネットもなく、日本のメディアに全く触れていなかった空白の2年間なので、この時期に起きた出来事は殆ど知らないのだ・・・。)

わたしの浅い知識ではこんな大きなテーマについて意見を言うことなどできないが、《無痛》では、刑法39条への疑問とともに、精神障害者を抱える家族の視点からの現実も併せて描かれており、このテーマについて本当に考えさせられる。

プラス、タイトルにもなっている「無痛」。
これはネタバレになってしまうが、先に知っていても邪魔にならない内容なので書いてしまうと、痛覚が無いという障害を持った人物が登場する。
痛覚が欠如しているという症例は実際にあるようで、以前TVでそういう子供を見たことがある。
痛覚が無いということは、骨が折れても、手がもげても痛みを感じないので、手をぶらぶらさせたまま遊んでしまう、非常に危ない症例だとTVでは紹介されていた。
《無痛》では、この痛覚についても書かれており興味深い。

この小説、盛り込みすぎなぐらい盛り込んでいて、大変面白い。

個人的には刑法39条に非常に興味をもったので、経緯(特に泥酔者や覚醒剤使用者も含まれている経緯)などが書かれた本を読んでみようかと思っている。
(お勧め本があったら教えてください。《刑法39条》という映画もあるらしい。)

【参考URL】

刑法 
http://www.houko.com/00/01/M40/045.HTM

刑法39条関連事件
http://yabusaka.moo.jp/keihou.htm

責任能力
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E7%A5%9E%E8%80%97%E5%BC%B1

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海堂尊《チーム・バチスタの栄光》《ナイチンゲールの沈黙》 

最近立て続けに医者が書いたミステリーを読んだ。

海堂尊の《チーム・バチスタの栄光》、《ナイチンゲールの沈黙》と、久坂部羊の《無痛》。

海堂尊は《チーム・バチスタ》が映画化されたあとドラマ化までされていたので気になって購入し、ついでに《ナイチンゲール》も買ってきたのだ。
《無痛》は10月の帰国時に新聞広告に大きく出ていたので、気になって購入。(幻冬舎から出ているということが別の意味で気になったが)

これらの本を読んでふと思ったことだが、医者で作家や漫画家をやっている人は結構多い。
漫画家だと手塚治虫は有名だし、作家だと森鴎外を筆頭に、渡辺淳一、斎藤茂吉・北杜夫の親子、帚木蓬生、加賀乙彦、永井明、なだいなだ、藤枝静男、そして海堂尊、久坂部羊。まだいるかもしれない。

個人的な拘りなのだが、血液型診断を筆頭に細木数子占いとか何とか占いの類は、わたしはどちらかというと好きではないので、まったく見ないし、調べない。科学的根拠もないし、ナンセンスだ。
同じように、理系・文系の切り口で話をする人がいるが、ほとんどの場合、的を射た内容にはなっていない。

例えば、ウチの場合、相棒は理数系の学部を出ていて、わたしは文学部なので、「ご主人は理系で奥さんは文系なんですね。」と言われる。まぁ、間違いではない。
そのあと、こう続く。

「理系の人って論理的で、文系の人は感情で物事を考えますよね。」

え?そうなんですか?
文系って感情的ってことなんですか?

このロジックがまったく理解できない。

理数系の勉強は確かに論理性が必要だろう。
だが、文系の勉強にも論理性は当然必要だ。
わたしは中・高生の時、現代文も含めて国語系が得意だったが、理系クラスの人たちが、

「数学は解答が一つしかないからスッキリするが、国語の問題は解答が一つではないから嫌いだ。」

と言っているのが理解できなかった。
国語だって解答は一つしかない。
ロジックで辿れば出てくる解答はたった一つだ。
いくつも解答があるように見えるのは、ロジックを読めていないからにすぎない。

彼らが戸惑っていたのは理数系と国語では授業の位置づけが全く違ったからだと思う。
通常の国語の授業ではおもに「鑑賞」という、感性を磨く作業を行い、試験ではいきなり文章のロジックを問う問題に変わってしまう。
理系の授業のように、授業で習ったことが試験に反映されない。(知識を問う問題以外には。)
大学入試などの問題には、通常授業で鍛えた鑑賞能力は問われない。
通常の授業でトレーニングを積んでいないので、問題の解き方がわからなかったのだと思う。
今はどんな授業は行われているのかわからないが、わたしが学生のころはそういう矛盾が実際にあった。
学生の身でありながら、なぜ授業では「鑑賞」ばかり行い、試験ではロジックを問われるのか疑問に思っていた。
その証拠に、予備校の現代文の授業では、当然のことながら鑑賞など一切行わない。
日々ロジック。
これで、現代文の偏差値が30代から60代に上がる人も多い。
当たり前だ。解き方がわかれば現代文など難しくもなんともないのだから。

文章を書くということも非常に論理的な作業だ。
論理的でなければ、文章を正確に読み取ることも、書くこともできない。
だから、医師で作家を行っている人が結構いるということも納得できる。
彼らは論理的だからだ。

所謂理系の人でも、文章を全く読めていない人や、書けない人はいる。
(理系ではなくても、当然いる、という意味も含めて。)
この場合の「文章」とは、文学作品のことではない。メールレベルの日常の文章のことだ。
理系・文系で人を分けたければ分ければよいが、もっと論理的に分けてほしいと思う。
分けてる人が論理的ではないから、その内容は笑止千万。

日本でだけど、この話題で1時間ぐらい話す人がいて、本当に不愉快だったことを思い出した。

+++

閑話休題。

《チーム・バチスタ》を読み始めた時、作者の年齢が気になった。
文体が妙に若いからだ。
著者の紹介欄に1961年生まれと書いてあって「へぇー」と思った。
わたしより年上の文体に思えなかったからだ。
そして、文章に疾走感があるのに驚いた。
その前に読んでいたのが東野圭吾のじっくりどっしりとした小説だったので、走り抜けているようなスピード感に戸惑いを感じた。

海堂尊は業界屈指の速筆と言われているらしいが、文庫本で上下2冊にもなるような長編もたった5日で書くと、新聞のインタビュー記事で読んだことがある。
現在勤務医らしいので、医師をしながらもの凄いスピードで書いていることになる。
著者がものすごい早さで文章を書いていることは、読んでいても非常に伝わってくる。

さすがに現役の医者が書いているだけに、病院の内部事情、現状の問題点、厚労省との軋轢などがリアルで面白かった。

小説を読んだ後、映画をDVDで見たのだけど、映画のほうは酷かった。
だいたい小説を映画化するとがっかりするのは常だが、《チーム・バチスタ》は特にひどい。
主人公の田口を女性にして竹内結子にしている時点で全然面白くない。
ドラマのほうは、チビノリダーの人が田口役だっけ?
原作は数日の出来事をじっくり書き込んでいるので、これをどうやってドラマ化したのか気になるが、あまり面白そうではないのでDVDでも見ないと思うけど。

 

+++

《ナイチンゲール》は、ちょっとがっかり。
カルトっぽくなっているのは何か意図があるのだろうか。
結局何なの???という印象。
比べたら《バチスタ》のほうが断然面白い。
シリーズ作の《ジェネラル・ルージュの凱旋》と《イノセント・ゲリラの祝祭》、迷うなぁ。
(読者書評を読むと、《ジェネラル》と《イノセント》は評判が良い。《ナイチンゲール》はやっぱり評判悪いな。)

    

+++

あ、長くなったので、《無痛》はまた次回。
この小説、刑法39条「心神喪失者の不処罰および心神耗弱者の刑の減軽」について問題提起をしていて非常に興味深かった。

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