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彝族の新年会@北京 

先日の満月の夜、彝[イ]族の友人から、「故郷から豚肉が送られてきたので、食べに来ませんか?」と誘われた。彼は春節前に故郷から豚肉が送られてくると、声をかけてくれる。


今日も行ってみると、北京に住む彼の彝族の友人たち8名が集まっていて、一緒に彝族料理を堪能した。


日本的には新年会、中国(漢族)的には春節前なので忘年会。
彝族的には、彝族の一番大切な祭日である「彝族年」は去年の11月~12月(住んでいる地域により異なるらしい)に終わっているので、新年会。
この日集まったのは彝族と日本人なので、じゃぁ、新年会だ。


気になる豚肉は、彼の実家からは燻製になったものを、この年末に婚約した同じく彝族の婚約者の実家からは豚の血で作ったソーセージが送られてきた模様。
どちらも故郷の家族の手作りで、とってもとっても美味しかった。


他には、婚約者御手製の大根や白菜の煮漬けが並んだ。

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テーブルに並んだ料理。
手前の食器は彝族の漆器で作られたもの。
彝族は伝統的に独自のデザインを描いた漆器を使う珍しい文化を持っている。


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豚の血で作った自家製ソーセージ。
真っ黒くてよくわからないけど・・・。
わたしは豚の血の豆腐(←北京でよく食べる)は苦手なのだけど、
これは処理が上手くされているのか、全然においもせず、
非常に美味しくいただいた。
やっぱり本当のホンモノは美味しいのだ。



彝族の青年9名は母語は彝族語。
我々2名は日本語。
共通言語は漢語。


北京で暮らす、母語が漢語でない者同士、シンパシーを感じながら、とても楽しい食事の時間を過ごすことができた。

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彝族の伝統的な楽器 口琴


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唇に軽く触れて、端を弾いて音を出す。
楽器の演奏の上手いバクさんに吹いてもらうと
こんな小さな楽器とは思えない良い音がした。
似たような楽器は沖縄や北海道のアイヌの人たちにもあるよね。


去年の春節には友人である彝族青年3名のうち彼女持ちは1人だったのに、今日はみんな彼女持ち。うち2人は婚約済み。
少しずつ、時間は流れているんだなぁ。


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招待してくれた友人&婚約者と。


恭喜!恭喜!

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この日の満月


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四川省涼山彝(イ)族自治州で見てきたこと/中国の有機米

ハンセン病患者への活動@四川省 

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日ウィグルの懸け橋が白血病に。【ご協力のお願い】 

前職の知人から、1通のメールが届いた。

彼も面識がある、ウィグル族の日本語教師ミヒルバングリさんが日本への留学行きの切符を手に入れた直後、白血病にかかり、現在闘病中だというのである。

骨髄移植のためのドナーとして、弟さんの骨髄との適合性も確認されている、ということで、あとは費用の問題だけが残っている。
この移植手術にかかる費用は約30万元(約420万円:1元=約14円)で、その後の治療費を含めると、日本円でも最低 500万円は必要とのこと。これまでに抗がん剤での治療を3クール行い、すでに約16万元(約230万円)を支出しており、さらに30万元を超える負担は彼女の経済環境からすると、あまりにも高いハードルとなっている。


現在、日本国内で彼女の友人を中心に『救う会』が立上げられ募金活動を行なっており、また中国でも友人たちが支援の輪を広げようとしているが、彼女に生きる機会を与えるには、まだ十分とは言えない状況であるということだ。

わたし自身はミヒルバングリさんとは面識がないが、前職を通じて間接的に彼女と交流のある日本人の知人は数多くおり、少しでも協力したいと思い、ここに紹介することにした。

世の中には白血病を始め、難病で苦しみ、莫大な治療費のために寄付を呼び掛けている方が大勢いらっしゃる。しかし、それらの方々と個人的に関係のない場合、すべての募金に応じることは不可能である。わたしもそう思う。

今回、ここで敢えてエントリーさせていただいたのは、ミヒルバングリさんが新疆という日本からも遠い地で日本語を学習され、日本語教師として教壇に立たれ、また辞書を編纂したいという希望を持たれている、日ウィグルの架け橋として尽力されている方であるということが大きい。
日本との架け橋になって故郷に貢献したいという夢を持たれている方を、日本人として助けたい。
これが今回、彼女を応援させていただく一番の理由である。

わたし自身が金銭的な協力を行うことはもちろんだが、これを読み、またリンク先の『救う会』ブログを読んで、共感してくださる方がいらっしゃれば、是非協力をお願いしたい。

+++

緊急救援募金「ミヒルバングリさんを救う会」について(ブログより抜粋)
※ブログのほうには写真も掲載されています。

中国には55の少数民族がいますが、ミヒルバングリさんはウイグル民族の女性で、中国の西北、中央アジアに近い新疆ウイグル自治区の出身です。彼女は1977年に同自治区阿克蘇(アクス)市の拝城(バイ)県で生まれました。

北京民族学院を経て、東北師範大学の日本語学部に入学した彼女は、三年時に日本語能力試験の一級に合格するほど優秀な学生で、卒業後は、新疆蒙古師範学校で日本語を教えていました。ウイグル語-日本語の辞書を改編し、日本語の教科書を作りたい、日本との架け橋になって故郷に貢献したいという夢を持ち、日本への留学を実現するため一念発起し、遼寧省撫順市での一年間の研修を経て、去る2008年9月より東北師範大学の研究科に入学しました。


白血病を発病したのはその直後です。体調を崩し、複数の病院にかかりますが、病名がわかったのは三週間もあとのことでした。ほとんど通学することもかなわず、9月末より長春市の吉林大学第二医院に入院しています。ミヒルバングリさんのお父様は既に退職しておられ、現在は冬には零下30度にもなる慣れない土地で、彼女に付き添っています。 

 

バイにある彼女の故郷は、自然の美しい、とてものどかな村です。ここからいつも彼女は何十時間、あるいは何日もかけて、ウルムチ、北京、長春、遼寧とどこへでも出かけて行って日本語の勉強を続けてきました。確固たる信念と希望を持ち、常にその夢のために努力を怠らない、とても芯の強い女性です。来年には長年の念願がかない、日本に留学することになっていました。

中国でも白血病の治療には大変お金がかかります。もともと決して裕福とは言えない家庭の出身で、日本語教師として働いていたときの月給でさえ数千円にすぎず、ほしいものも買うのを控え、学業に専念しようとしていた矢先に、日本円にして最低でも500万円の医療費が、生きるために必要と知った彼女は、どれほど落胆したことでしょう。



現在、彼女の大学時代のクラスメイトや、東北師範大学同窓の日本人、蒙古師範学校時代の日本人の同僚を中心に、連絡のつく人たちの間で支援の輪を広げようと奮闘していますが、やはり圧倒的に数が少なく、自分の生活をギリギリまで切り詰めて送金をする友人たちも限界を感じ、心を痛めています。

10月には本人にも告知がなされ、現在彼女は前向きに治療を受けています。すでに2ヶ月の闘病で頭髪を全て失ってしまいましたが、辛い抗がん剤投与の副作用と懸命に闘っています。彼女を応援する人がたくさんいることを知って、希望を持ち続けてほしいというのが、私たちの願いです。皆様のご協力を心よりお願い申し上げます。

緊急救援募金「ミヒルバングリさんを救う会」

+++

経緯・趣旨・規約等については、『救う会』ブログに明記されていますので、ご参照ください。
こちら

募金口座は以下となります。

《募金口座》

【口座名義】
ミヒルバングリさんを救う会
(ミヒルバングリサンヲスクウカイ)

三菱東京UFJ銀行
春日町(かすがちょう)支店
口座番号(普通)0041056

+++

これを読まれた皆様から、さらに協力の輪が広がることを祈って・・・。

 

 

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涼山で買ったもの/ダッタン蕎麦茶 

今回の出張は、到着日が日曜日であったこともあり、若干日程に余裕があったため、涼山州西昌市のスーパーで買い物をすることができた。
スーパー好きのわたしとしては、最高のオフタイム!

以下、西昌で購入したもの。

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リンゴ酢。
わたしの個人的体験では、中国の南方ではよく見るのだけど、
北京ではあまり見ない気がする。
たまにレストランにあったり、最近ではスーパーで売っているのをやっと見たけど、
値段が高かったので買わなかった。
ゴクゴク飲みたいから。
これはちょっとハチミツの味もして美味しかった。
500mlで8元(112円)ちょっとだったかな?
自宅用に2本持って帰ってきました。
北京でも同じ商品売らないかな。

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スーパーではなくてCD屋で購入。
彝族のスター「Falcon」の歌は
2006年の彝族年の北京でのイベントのとき舞台で聞いて、
今年の春節は友人の家で生で聞いたので
CDを購入してみた。

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スーパーで購入。
ダッタン蕎麦茶とダッタン蕎麦粉。
(彝族はダッタン蕎麦とじゃが芋を主食としている)
涼山のダッタン蕎麦には日本のそば粉と比べてルチンが100~150倍も含まれていると言われている。彝族はダッタン蕎麦粉を捏ねてパンのようにして食べたりしている。
「苦」と書いているが、苦くありません。(中国語でダッタン蕎麦のことを「苦蕎」と呼ぶため)
わたしは蕎麦粉はガレットやパンにする予定。

ちなみに、ルチンとは
かつてはビタミンPと呼ばれ、そばの実に特有に含まれ、活性酸素を除去する抗酸化性(=アンチエイジング効果)を有しているポリフェノール成分だとか。血圧降下作用や糖尿病予防の効果があるとされている。メタボ対策に効果的?!

+++
わたしは涼山の蕎麦茶の愛飲家で、出張時に時間を見つけて毎回大量購入している。
日本にいるときからダッタン蕎麦茶が好きで飲んでいたのだが、特に味と香りが好きだった「田村自然農園」のダッタン蕎麦茶が涼山のものだと知り、なるほど、味や香りが似ている!と思った。

←詳細情報は画像をクリック!

実は、相棒は日本にいるときひどい不整脈があったので、ひと夏の間ペットボトルの蕎麦茶を毎日飲んでいたところ、2ヵ月後ぐらいには不整脈が無くなった、という事実もあり、わたし及び相棒は蕎麦茶を非常に信頼している。

そんな蕎麦茶愛好家としては、涼山の蕎麦茶に非常に興味があり、毎回幾つかの種類を購入し、比較検討している。

今回は前回の出張から1年3ヶ月経っていたこともあり、品揃えも一新されていた。
具体的には、包装がおしゃれになっていたことにビックリ。

そこで、幾つか購入し、帰宅後比較してみた。

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比較対象はこの3種類。
左;「彝郷人」というブランド 1袋50パック入り 約20元
中央;「環太」 黒苦蕎 1袋15パック入り 約10元
右;「環太」 黒苦蕎〔全胚茶〕 1袋15パック入り 約10元

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お湯を注いだところ

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「彝郷人」
以前からある商品
中身は蕎麦を加工しフレーク状になっている。
以前購入した「安其」というブランドのものは苦味があったため
こちらの味の方が好きで、廉価なため大量購入。

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同上
お湯を注いでもフレーク状の粒が大きいのでお湯はクリア。

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「環太」
今回初めて見た。
中身はフレーク状。
前述「彝郷人」より値段も多少高かったが、香りも「彝郷人」より良い。

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同上
粒が細かいのでお湯が濁る
ココアのような濃い味がする。
今回の3種類の中で一番味が濃かった。

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「環太」 黒苦蕎〔全胚茶〕
今回のヒット!
今まで買ってきた蕎麦茶はどれもフレーク状になっていたが
これは蕎麦が原状を留めている。
味・香り ともに良し。

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こんな感じ。

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お湯は2番目にクリア。
香りはとても良い。
味も良いが、濃いのは2番目の蕎麦茶。
ビジュアル的には一番ナチュラル。

蕎麦茶ファンのわたしとしては、従来のフレーク状はたとえ自然食品と言われても、加工されていることからイマイチ新規ファン開拓へのハードルを高くしていると思っていた。

日本人の場合、正直ウサギの餌のような形態の蕎麦茶は飲んでみたら美味しかったとしても、ビジュアル面で既に受けれにくいであろう。

蕎麦茶はロハス志向の都会の中国人にも受けそうな余地はあるが、やはりフレーク状の形態がロハス的でない。

・・・と常々思っていたところなので、黒苦蕎〔全胚茶〕の出現は「待ってました!」という感じ。

これは見た目も自然っぽいし、味も香りも良い。 (純粋の味だけなら緑のパッケージの方が濃かったけど)これなら日本人へのお土産にも受け入れられそう。(・・・やっぱり中国製食品はダメかしら・・・)

今回驚いたのは、西昌の街に以前はあまり見られなかった「彝族のお土産」屋さんが増えていたこと。
以前は1店舗ぐらいしか知らなかったが、今回は色んな場所で見かけた。
西昌への観光客が増えているということなのだろうか。
その流れの中で、蕎麦茶の開発も進んだ模様。
これなら北京でも売れそうなんだけどな。

わたしの情報網によると、涼山の蕎麦茶が北京で買えるのは新光天地の地下1F、四川省の物産コーナーにありますが、たぶんフレーク状のほうだと思います。(従来型のも充分味も香りも良いです)

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彝族の漆器
以前はこれを扱っている店も少なかったけど、
今回はお土産用のお店が増えていた
中国の少数民族で漆器を扱う文化を持っている人たちって
珍しくないですか?

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ハンセン病患者への活動@四川省 

四川省涼山彝族自治州出張中、ちょうどハンセン病患者への支援活動をしている彝族のNGOのチャリティーコンサートが開催されており、夜で時間も空いていたので参加してきた。

彝族だけの問題ではく、おそらく中国全土でも同じだと思うが、この地域でもハンセン病(いわゆる「らい病」)患者への偏見は強い。
感染したら怖い、という偏見により、山の奥深い地域に隔離された「麻風村(ハンセン病患者村)」がいくつもある。この会の冒頭、映像でその村の様子が流れたが、恐ろしく山の奥深いところに作られている。
また、患者の子供達も言われ無き差別を受けている。
このNGOは患者及びその家族を支援しているということだった。

今回のイベントでは、彝族の歌手によるミニコンサートと、前述涼山彝族婦女児童発展中心の芸術団によるハンセン病への正しい理解を促す劇の上演が行われた。

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赤い垂れ幕には
ハンセン病への差別をなくし、ハンセン病恢復者へ関心と愛情をもって接しよう」
と書かれている。

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涼山彝族婦女児童発展中心芸術団による劇。
とある男性がハンセン病に罹り、ビモ(彝族のシャーマン)に治療してもらうが
治らない。そのうち、近所の者がやってきて、奇怪な病気がうつると怖いので
村を出て行け、と言って追い出す。
村を追い出されかけたその時、町から来た医者に出会い、ハンセン病の
正しい知識を男は知り、医者から村人に説明をしてもらい、
男は無事に元の家に戻ることが出来た、
という内容を、彝族の人々が彝族語で分りやすく説明している。
彝族の中には彝族語(文字)を読めない人も多いので
このような分りやすい劇の形式での知識の普及は非常に有効だという。

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ハンセン病患者の子供達による合唱。

この会場で活動している彝族及び漢族の方々の理念は非常に高く、みなさん本当に一生懸命に活動していた。このような活動をしている人の雰囲気に国境は無いんだな、と感じた。

我々にどんな協力ができるかわからないが、何かしたい、何かしなくては・・・という思いを抱いたことは確かなので、代表の方に名刺を渡してきた。

普段見えないところにも、こんなに素晴らしい人たちはまだまだたくさんいるのだろう。
それを知ることが出来ただけでも、本当に有意義な夜だった。


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四川省涼山彝(イ)族自治州で見てきたこと/中国の有機米 

四川省涼山彝(イ)族自治州で見てきたことの続き。

州都の西昌市から車で1時間。山をぐんぐん登っていくと、標高差1500mほどある海抜3000mの山の中に小学校がある。

この小学校は県の小学校の分校なので、1年生から3年生までしかない。
4年生からは県の中心小学校へ行かなければならないが、中心小学校は遠いので寮生活しなければならないが、そのお金がないこと、また親もそこまでして教育を受けさせようとは思わないことから、3年生までで教育を終わってしまう子供がまだ多い。

小学校へ行かせてもらえればまだ良い方で、小学校にすら行っていない子供もまだたくさんいる。

それがこの地域。
今回訪問した小学校にも、2年生を何年もやっている子、3年生だけど12歳の子などがいた。

西昌市で活動している青年海外協力隊の隊員が週に1回地域活動の一環としてこの学校に通っている。国語(普通話)・算数は中国人(彝族)の先生が教えているので、隊員は美術・音楽・体育などの情操教育面や、手洗いや歯磨きの指導などの公衆衛生活動への協力を2002年から行っている。

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学校の様子(2年生)

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公衆衛生指導をしている協力隊の看護師隊員より歯ブラシセットをもらう子供。

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担任の先生(彝族)と一緒に爪の検査をして手洗いの状況をチェック。

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3月に誕生日を迎える子供たちをみんなで祝う。
こういうことをしてもらうのも、子供達は初めてで、みんな嬉しそう。

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協力隊員とラジオ体操をしている子供達。(2年生)

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6月の文化体育会の練習。
おたまピンポンリレー。


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アーチの下をくぐる競争。

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近所の親達が集まって見に来ている。
子供が楽しそうに学んでいる姿を見て、喜ばない親はいないはず。

少数民族が暮らす貧困地域では、就職の問題が就学の問題と結びつき、悪循環を繰り返している。

(漢族社会に人脈が無い→学校を出ても就職が出来ない→お金をかけて教育を受けても意味が無い→教育を受けさせない→自給自足の農業をするしかない→貧困)

この地域での協力隊員の活動は今年で6年目。
この期間に、当初目が赤かった子供たちの衛生状態が向上したり、親たちへ教育の理解が深まったりと、少しずつではあるが教育の大切さが伝わりつつある。
(月に1回は地域の保健医療機関と協力隊員が協力し、村民対象の衛生講座も行っている)

ちなみに、協力隊員はこの学校や村のために派遣されているのではなく、それぞれの活動先(赤十字・学校・病院等)での活動の他に、地域の貧困対策支援として自発的にこの小学校での活動を続けている。

+++

この日の午後訪問したのは、「信頼農園」。(この農園についての詳細はこちらを参照。)

ここではアジアではじめての日本の有機JAS認定を受けたコシヒカリ米《喜徳の光》を作り、販売している。収益は涼山地域の子供達の就学支援に使われている。

有機栽培なので生産量も多くないため、現在は成都のヨーカ堂と重慶の遠東百貨のみで店頭販売を行っており、中国の他の地域へは通信販売のみ行っている。

信頼農園の《喜徳の光》については、今月の北京日本人会だよりに掲載中。

食の安全が心配な方、《喜徳の光》を試してみては如何でしょうか?

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左;5Kg 右;2Kg
通信販売で購入できるのは5Kgのみ。
送料込みで150元だそうです。
ちなみに、このお米のキロあたりの単価は25元。
今、中国で売られている日本からの輸入米が2Kgで188元(キロ当たり94元)
中国国内の最高級米である黒龍江省のお米がキロ当たり25元前後なので、
価格帯としては日本米の約4分の1、中国の最高級米と同価格帯 となります。

 

 

 

●『信頼農園物語』という本も出ています。
この農園の設立の経緯等ご興味のあるかたは是非ご一読下さい!


信頼農園物語―内発的公共性をひらく人心のイノベーション信頼農園物語―内発的公共性をひらく人心のイノベーション
(2007/01)
矢崎 勝彦

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山の中のNGO 2 フィールド篇 

引き続き、四川省涼山州で活動している涼山彝族婦女児童発展中心」を訪問した時の様子。

昭覚県竹核郷のオフィスを出て5分ほど車で移動、下車後歩く。

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こんな道。道?
前方につり橋

つり橋の向こうでは、若者達が畑を作っていた。
ここで唐辛子を植えるのだという。
ここで作った唐辛子は韓国のNONGSHIM(農心;辛ラーメンを作っている会社)が買い取る事になっているのだという。委託栽培。恐らくこれって、企業の社会貢献活動(CSR活動)じゃないだろうか。
このNGOとNONGSHIMが繋がるっていうのもスゴイ。
グローバル企業(って言っていいのかな?辛ラーメン中国でも日本でもアメリカでも売ってるもんね)のCSR活動の情報網ってすごいな。

この出張に同行していた同僚の話に寄ると、唐辛子って産地によって全然種類が違って、ものすごく種類の多いものらしい。韓国の企業が要求する唐辛子を四川省の高山地域で栽培できるのか?というのも興味深い。

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唐辛子の苗を作る畑を作っている若者。
若者の作業代は恐らくNONGSHIMから委託している費用から捻出されているのだと思う。
NGOで苗を作ったあと、苗を農家に渡し、苗を育てた農家から再びNGOが
唐辛子を買取り、農家に現金収入を与える仕組みのよう。
現状ではこの地域の農家は自給自足用のじゃが芋しか作っていないという。

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周囲はこんな感じ。

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わたしの前をあひるちゃんが歩いていたり・・・

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牛とすれちがったりする道。

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道の横で何か作業をしていた彝族の女性たち。
女性と子供の輪の向こうに、小さくて黒い子犬もちょこんと座っていた。

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再びつり橋。
なんとなく心もとない。

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つり橋の向こうにあった青年の活動ハウス。
仕事が終わったあと、ここに集まり「ピア・エディケーション」活動
(前回の日記参照)のリーダーからHIV/エイズの予防知識などを教わる。
またここにはビリヤード台などもあり、トランプをしたり、遊んだりもできる。

唐辛子の活動の他にも、農業のプロジェクトも行っていた。これは敷地内に桃の木を植えるとともに、木の下にはじゃが芋を植え、じゃが芋を収穫したあとには鶏を放し飼いにする、というやり方で農業を行うもので、養鶏と農業を組み合わせた循環型農業のモデルパターンとするということだった。

こんな不便な山の奥で、こんなにたくさんのプロジェクトをきっちり実施しているこのNGOの活動は非常に興味深いとともに、これを運営している中国人スタッフに敬服の念を覚えた。

中国、まだまだ捨てたもんじゃない。

(政府はいろいろと問題あるけど・・・現に今の○ベットのこととか・・・中国国内では報道されていないこととかね・・・中国人個人は当たり前だけど、素晴らしい人もたくさんいるよ、ということがなかなかソトに伝わらないのがもったいないことです・・・)

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〈次回は山の中の彝族の小学校での日本人ボランティアの活動を紹介します〉


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山の中のNGO活動 1 

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今回の出張でも、いつもどおりいくつかの病院や教育機関を回ったのだが、他にも現地で活動している中国のNGOへの訪問もした。

前回(2006年12月)訪問時には彝族のジェンダーとエイズ予防問題に取り組んでいるNGOを訪問したのだが、今回は「涼山彝族婦女児童発展中心」というNGOの活動を見せていただいた。

先に結論を書くと、どちらのNGOも国家級貧困地域で暮らす彝族の生活や就学の向上を目指したNGOであり、代表はどちらも彝族。彝族の彝族による彝族のためのNGOである。スタッフの中には漢族もいるが(例えば普通話の教育の先生等)、どのスタッフも目指すところは同じで、非常に志・理念が高く、都会ではなかなか感じることの出来ない「中国人の中にもこんな高い志の方がいるのだなぁ」ということを知ることができ、心が明るくなる思いがした。

今回訪問したNGOはその名の通り、彝族の女性及び子供の発展のための協力活動を展開しており、代表は中国中央民族学院の教授(彝族)、メンバーも涼山の彝族の有力者で構成されている。

事務所は西昌市内にあるが、各プロジェクトを実施しているサイトは山の中の各県にある、ということなので、一番大きいサイトであるという昭覚県竹核郷へ行く事にした。

西昌市から竹核郷まで本来なら車で約3時間だということだったが、この日チャーターした車がぼろく、山道をよー登らんかったため、結局約4時間かかりようやく辿り着くことができた。途中、4000メートル越えもあり、道は舗装されているとは言え、山道をぐねぐねと進んでいった。
今回は街の事務所にいるNGO代表の方が西昌市から竹核郷まで同行し、途中ずっとNGOや彝族についての話をしてくださり、非常に勉強になった。

彝族の貧困については以前このブログにも書いたが、今でも小学校の教育も受けていない人がたくさんいる。貧困という理由もあるし、この地域は麻薬が広がっている地域でもあるため、エイズ患者が非常に多い。そして、エイズ孤児も多い。ハンセン病村(中国語で「麻瘋村」)、というハンセン病患者の隔離村もいまだに存在し、その子供たちも孤児状態となり、教育を受けられないでいる。

このNGOでは既存の小学校の中に「愛心班」というクラスを一つ作らせてもらい、主にエイズ孤児たちに教育の機会を与えている。NGOは学校の敷地内にある寮にも愛心班の部屋を借り上げ、子供たちの学費・生活費の負担をしている。教師は1人担当の方がいて、その経費は学校側から出ているということだった。竹核郷に行く途中の村にこの「愛心班」のある小学校がある、ということで、まずそこを訪問した。

今回我々が見学させてもらった愛心班は1クラス40名、一番小さい子は7歳、一番大きい子は14歳だだった。就学の年齢がみな違うので年齢が異なるが、みんな小学2年生の勉強をしていた。
最初にこの学校に来たときには、皆それぞれ複雑な家庭事情があることから表情は暗く、引きこもった感じなのだそうだが、次第に集団生活に慣れていき、表情も明るく、本来の子供らしい快活さを発揮し始めるのだとか。

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愛心班の子供たち
全員彝族のエイズ孤児たち。

再び車に乗り、竹核郷を目指す。
朝8時半に出発し、到着が1時半ごろ。着いたらすぐに食事を用意してくれた。
NGOスタッフが自分たちで作っている野菜や豚肉を中心とした炒め物の料理は、どれも野菜本来の味が濃く、塩とにんにくで炒めているだけなのに、どれも非常に美味しかった。驚くほど野菜が美味しかった。(今、日本では中国からの野菜は敬遠されているようだけど、田舎で自分たちのために育てている野菜は本当に美味しいよ)

美味しい食事をさせてもらったあとは、プロジェクトのサイトを見学。

まず最初に見たのは、教育のプロジェクト。

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NGOの竹核のサイトのオフィス

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教室
ここで中国語の普通話・算数などの基礎教育や手工芸などの
民族教育を受ける。
対象は15歳以上の女性。教育期間は3~6ヶ月。

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教育を受けている女の子たちの宿舎。
この女の子たちの家庭事情も皆複雑で、
さまざまな理由で両親がいない者がほとんどだとか。
このNGOの施設で基礎教育を学ぶとともに、歯磨きなどの生活習慣、
性の知識、法律の知識も学び、都会に出ても困らないような教育を受ける。

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ちなみに、宿舎の前はこんな風景。

この教育プログラムには3名の常駐の先生と、1名の農業専門の先生が携わっている、とのことだった。
わたしが話を聴いたのは、非常に綺麗な普通話を話す漢族の若い女性の先生だった。

普通話がとても綺麗(この辺りでは普通話を話しているつもりでも四川話になっている場合がほとんどなので)なので、「どこのご出身ですか?」と思わず尋ねると湖北省の襄樊市だという。
この先生は襄樊の大学を卒業したあと、最初は民間企業に就職したが、学生時代から貧困地域での活動に興味があり、ちょうどネットでこのNGOの人材募集を見つけたので、会社を辞めてここに来たのだとか。

この先生も生徒と一緒にこの場所で暮らしている。
何もない場所だ。お湯も出ない。(20分歩くと温泉があるそうなので、風呂はそこで済ますらしい)
1ヶ月に1回、西昌市まで買出しに行くそうだが、湖北にはもう何年も戻っていないそうだ。

わたしは襄樊市にも出張で行ったことがあるが、城壁が残る古くて美しい三国志の街で、大きくて賑やかな街だ。こことは当然全然違う。

華やかな繁栄を捨てて、少数民族の教育のために山の中で日々彼女たちの教育に携わる若い中国人女性に出会い、尊敬の念を抱くとともに、中国にもこういう人材がいるのだ、ということが確認できて、非常に嬉しかった。

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これはエイズ予防プロジェクトの活動の様子。
(前述のプロジェクトとは別のもの)

「ピア・エデュケーション」と呼ばれる手法でエイズ予防知識を広めていく活動。
ピア・エディケーション(中国語では“同伴教育”)とは、まず核になるメンバーに
教え、その核が友人にその内容を教え、教えられた友人が別の友人にそれを教え・・・

という形で同心円的に広げていく活動形式。
ここではまず核になるメンバーにHIV/エイズの正しい知識と予防の仕方、
周囲への伝え方を教育している。
これは各村から若い一男一女を選出してもらい、彼らを核として広めている。

+++

オフィスのある建物内で展開しているプロジェクトを見せていただいたあとは、次はフィールドのほうを見せていただいた。

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(つづく)


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涼山州出張1 ~初めて食べたタレ篇~ 

3月10日~14日まで、四川省涼山彝(イ)族自治州へ出張に行ってきました。

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【中国地図】
まず、四川省はココ。省都は成都市。
九寨溝 やパンダ基地、陳麻婆豆腐本店で有名な都市です。
北京からだと飛行機で約2時間。

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【四川省地図】
今回の出張先である涼山州はこの辺。
今回は西昌市を基点に動きました。(下線左の都市)
下線右の昭覚県にも2回行きました。
(青で囲ってあるのが成都市。成都-西昌は飛行機だと50分、列車だと10時間)
ちなみに西昌市は海抜1600Mだとか。

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ここは少数民族(彝<イ>族)自治州なので、彝族文字も公用語となっています。
見慣れた「中国建設銀行」の上に書かれているのが彝族文字。

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象形文字だからか、可愛い☆

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+++


まず日曜日の午後到着したので、街をぶらつきながら、小腹が空いたのでその辺にあった彝族料理の店に入ってみる。

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冬なのに扇風機が・・・
北京より暖かいとは言え、まだ寒いよ。

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彝族は漆器が有名で、こういう柄の漆器を使う。

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彝族の主食はダッタン蕎麦とじゃが芋。
これはダッタン蕎麦をこねて蒸したパンみたいなもの。
味は特に無く、素朴な味。

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彝族の「豆花」
豆腐がいかにも手作りっぽいのだけど、固めで味も特に無く、
素朴な山の料理、という感じ。

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あ!味千ラーメン発見!!!
・・・と思ったけどなんかヘン・・・
ん?!「千味ラーメン」?

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キャラクターの女の子もなんか違うような・・・

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これが本物の味千ラーメン。
似すぎだっつーの!

+++

夜はこの街に暮らしているわが事務所の関係者(日本人)と食事をした。四川省に来たのだから、まずは火鍋!

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「徳荘」という店に入ったのだが、さすが四川の火鍋屋!
鍋に店の名前が入っている!
周囲は辛い火鍋(でもお腹を考慮して微辣にしてもらった)、
中央はキノコ鍋。スープが絶品!

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「毛肚」と呼ばれる、牛の胃。
この「毛肚」も店のオリジナルパッケージに入って出てきた!

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店の店頭に飾ってあった写真。
「徳荘社長と蒙牛社長 牛根生氏」
乳製品で有名な
「蒙牛」の社長の名前は「牛根生(うし こんじょう)」!
どーでもいーうんちく。

今回感動したのは、火鍋が美味しいこともさることながら、そのタレ。

わたしはお腹が弱いと言いつつも火鍋は大好きで、北京でも食べるし、四川省でも何度か食べてきた。

しかし。

西昌の火鍋が他の場所の火鍋と違ったのは、そのタレ。

まず、小さめのステンレスの碗に胡麻油がたっぷり入っている。まぁお玉2杯分ぐらい。

テーブルの上には香菜・ネギ・にんにく・唐辛子をみじん切りにしたものがそれぞれの碗に入っておかれている。客は胡麻油の碗に前述4つの薬味(?)を好きなだけ入れる。

ここまでは普通。

西昌式が違うのは次。

なんとこの胡麻油ダレにオイスターソースと黒酢をドボドボ入れてかき回すのである。

先ほどからテーブルの上にオイスターソースが置いてあるのに「?」だったのだが、これで謎が解けた。

わたしも習ってタレにオイスターソースと黒酢をドボっと入れてみる。

胡麻油とかき混ぜる。

具を入れて食べてみる。

ん・・・?!

美味しい!!!

なんだ?この新しい美味しさは!!!

胡麻油の香ばしさにオイスターソースのコクと黒酢のスッパさが微妙にマッチして、絶妙に美味しいのである。

スゲーーーーー!誰が発見したんだ?!このタレ!

いや~・・・ハマりました、この味!

北京で火鍋に行くときには、マイ・オイスターソースとマイ・黒酢持参することを本日決定いたしました。

+++

ってことで1日目修了。

というか、まだ出張始まってないからね。今日は日曜日だからね。

月曜からハードスケジュール開始です。



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彝族と過ごした春節@北京 

初一と呼ばれる春節一日目。

彝族の友人に誘われた。

 

ところで、「彝族」って漢字、読める人は殆どいないと思うが、これは中国の少数民族で「イ」族と読む。

 

【彝族について】

イー族(彝 yí)。彼ら自身はノスと呼びます。チベット系の少数民族。人口約657万2173人。中国政府が公認する56の民族の中で、7番目に多いです。主に雲南省、四川省、貴州省、広西壮族自治区の山岳地域に居住します。中では、雲南に最も多く居住しています。
精霊信仰を行い、Bimawという司祭が先導します。道教や仏教の影響も多く受けています。雲南北西部に住むイー族の多くは、複雑な奴隷制度をもっており、人は黒イー(貴族)と白イー(平民)に分けられていました。白イーと他民族は奴隷として扱われたが、高位の奴隷は自分の土地を耕すことを許され、自分の奴隷を所有し、時には自由を買い取ることもありました。
彝文字と呼ばれる表音文字を持ちます。


 

その他、彝族についての詳細は・・・こちら

わたしの友人は四川省涼山州に住む彝族で、彼ら曰く北京には涼山出身の彝族は2000人ぐらいいるんじゃないか、と。雲南出身の彝族もいるはずだけど人数はわからない、ということから、やはり出身地ごとに仲間意識があるよう。

彝族に関して有名なことは、前述「奴隷制度を行っていた」ということと、「漆器を使う」ということだと思う。あと、タイマツ祭り。

奴隷制度については、1955年に漢族との戦争に負け、中華人民共和国の中に入るまで続いていた制度で、奴隷制度をほんの50年前まで行っていた、ということで、漢族は彝族を野蛮な民族と思っている。一方、彝族は誇り高い民族なので、「漢族が言う“戦争”は第二次世界大戦ですが、彝族の言う“戦争”とは1949年から1955年までの7年間漢族と戦っていた戦争のことです」という話も聞いた。

わたしが以前聞いた彝族の話についてはこちら参照
+++


中国の55の少数民族ひとつひとつに漢族との間のエピソードがあり、それぞれの持つ感情があると思うが、彝族というのはそういう民族。

で、わたしは友人から「春節に田舎に帰らないので、親が豚を潰して送ってくれたので、食べに来てください」と言われ、わざわざ四川省から送ってくれた豚をご馳走してくれるというのは大変なことだ、と思い、ありがたい気持ちでお邪魔させていただいた。

友人の家に入ると既に5,6名の彝族の方が。

みんな、えらいイケメン!

友人の紹介によると、彼らはみんなミュージシャンで、その中でもバンド『山鷹』と、同じく『彝人製造』と、ソロで活動しているアキさんという方は一昨年の彝族年(11月下旬に行われる彝族最大の祭り)のパーティーで舞台で歌っているのを見た歌手じゃないですか!そのとき、わたしは彼らのハモリにシビれ、次の涼山出張時に彼らのCDを買って帰ったぐらい。その彝族のスターが目の前に!!!

 

今回のパーティーはわたしの友人シンさんとその友達のバクさんが友達を集めた会のようで、バクさんは音楽をやっている関係で北京在住の彝族ミュージシャンをかなり呼んでいるよう。

一方、シンさんの友人は涼山での友達なので、彼らは部屋に入るなりスターが目の前にいて大興奮!サインをもらったり、一緒に写真を撮ってもらったりしていた。

わたしも一応ミーハー心を出して、「舞台拝見したことがあります。CDも持ってます!涼山へは2回行ったことがあります!」とアピールしておいた。アキさんの出身地の昭覚県にも行ったことがあり、ツカミはOKっていう感じ!

その日集まったのは日本人3名(我々夫婦ともう一人)と、彝族の青年が10名ちょっと。

シンさんの部屋の厨房では彝族料理が作られていた。

食事の準備が整い、ビールでの乾杯が始まった。

ミュージシャンたちからは、

「日本と涼山はとても遠い。1955年には彝族が日本人と一緒に食事をするなんて考えられなかった。我々は今、お互いの故郷を離れ北京でこうやって一緒に酒を飲んでいる。これは素晴らしいことだ!この機会を一度だけにしてはいけない。」

「日本人とこうやって漢語で会話できるなんて思わなかった。本当に嬉しい。」

と口々に言ってもらえ、歓迎していただき、本当に楽しかった。

 

涼山からはシンさんが北京で過ごす春節で食べるようにと、豚肉の燻製が10KgもEMSで送られてきたらしい。

スゲー!

彝族の人々はめでたい時などにこの豚の燻製を食べるのだそう。

シンさんの実家は、実はとても貧しい家だったのだが、シンさんが北京で働いて現金を送るようになってから豚肉を食べることができるようになったとか。(基本的に今でも自給自足なので、「豚肉を買う」んじゃなくて、「豚を潰す」ことになるらしい)

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彝族料理。
鶏肉のぶつ切りと、白菜と豚肉を煮たものと、
豚の燻製とジャガイモの煮物と、高菜と鶏肉のスープ。

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鍋にかかっているのが彝族の漆器。
黒・赤・黄色の派手な彩色が特徴。


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鶏肉のぶつ切り。
「鳳の爪」と言われるいわゆる「もみじ」が乗っかっています。


食事が終わるころ、シンさんの友人で日系企業で働いている日本語のできる青年が相棒に

「お酒を飲むのはこれからです」

と耳打ちしてくれた。

もう宴会も終盤かな、と思っていた相棒はビックリ!既に満腹。ビールも限界値に近い状態。さすが、日本人を知っている彝族。「まだまだですよ」と言いに来てくれたのだ。

実際、宴会はこれからが始まりだった。

もともと歌や踊りが好きな民族なのに、今日来ているのは本物のミュージシャン。

「プロの歌手なのに歌ってくれるかな?」

と思いきや、ガンガン歌ってくれました。

いや~~~、鳥肌が立つ!

こういう民族系の方々の歌の上手さはハンパじゃありません。

上手い民族の中のプロなわけだし、しかもメジャーデビューしている歌手!

ルックスもいい!

「生で聞いてしまってゴメンナサイ!」という感じ。

常に誰かがギターを弾いて、誰かが歌う。

「ナーダムの祭りの時には朝まで歌を歌い続けます。一人ずつ歌っていきますが、同じ歌は出てきません」

とモンゴル族の女の子が言っていたが、本当にそんな感じ。

次々といろいろな歌が出てくる。


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そして踊り狂う彝族の青年たち。
彼はこの踊りを「彝族の踊りです」と言い張っているが、
他の彝族は「彼個人の踊りです」と完全否定。


そしてすごいのがハーモニー。


歌を聴きながら、相棒が「音楽を勉強しなくても自然にハモれる民族がいるって聞いたことがあるけど、この人たちもそうなんだね」と言うぐらい、どの歌もみんなとても綺麗にハモる。

 

それも、まず誰かが自分の持ち歌を歌う。ワンコーラス目は一人で歌う。すると、ツーコーラス目にはまず誰かがハモり、しばらくすると違う誰かがマウスパーカッション的なリズムで入ってきて・・・という感じで1曲歌い終わるまでに次々とみんなが「大縄飛び」に入るみたいに歌に参加して、しかも同じメロディーを歌っている人は一人もいない。最後にはすごく綺麗な何十奏にもなって1曲が終わる。その繰り返し。

すごすぎる。

途中、「日本人も歌ってください」と言われるんだけど、ナサケナイかな、われわれはカラオケ世代なのでソラで歌が歌えない。何とか1曲『上を向いて歩こう』を歌ったけど、当然ハモったりなんかできない。

「歌って本来こういうものなんだろうね」

と相棒と感動しながら聞いていた。

誰かが歌うものでもなく、聞くものでもなく、空間を作り出すもの、時間を作り出すもの。
「歌」ってわたし達が思っているよりもずっと多重的なものなのだ、と思った。

もともとカラオケって好きじゃないんだけど、ホント、このときばかりは「カラオケって薄っぺらい文化だな」と思っちゃったね。

歌を1曲歌い終わるたびに全員乾杯が実施される。

わたしは飲めないからジュースだったけど、相棒はビールで。

午後5時から始まった宴会は10時半に終わり、その間に相棒は4回トイレで吐いた、と言っておりました。ホント、ご苦労!

彝族はお酒強いよ。

誰も顔色変わらないし、一番アイドルっぽい顔をしていた、わたしが密かに“王子”と読んでいた『彝人製造』の方は白酒グイグイ飲んでるけど、顔色も態度も変わらないもんね。

そうそう、この王子様が歌を歌ったとき、わたしはちょうど隣に座っていたのだけど、

王子様が「今から歌う曲は『你是我的唯一』」って言って、その『唯一』っていう時に目が合ってしまって超~~~~~ドキドキしてしまったわ~~~!

いや~~~、アイドルってステキ!王子様万歳!

王子様はほっそりした体型に白い編みこみのセーターをざっくり着て、右手首にはオレンジのビーズのブレスレットを何重にも重ねてつけていて、ホントに「アイドル」っ!って感じでウットリしてしまいました!

そんな楽しい雰囲気の中、
1回だけ空気が微妙になった時があった。

『上を向いて歩こう』の次にもう1曲歌ってくれ、と言われたものの歌える曲が無くて、もう一人の日本人が周華健の『朋友』を歌う、と言った時だ。

これは中国では最も有名な歌の一つで“中国人”なら誰でも歌えるし内容も非常に友好的でちょうど良いことから、こういうシーンで困ったときには我々がよく歌う曲だ。

このときも彼は同じ気持ちで、むしろ“中国人”へのサービスのつもりで選んだに違いない。

ギターを弾いていた人は『朋友』を弾いてくれ、その日本人と相棒とシンさんの友人の彝族の青年たちは歌いだした。

そのとき、わたしは空気が変わったのを感じてしまった。ふと、ミュージシャンの方を見ると、さっきまでものすごく楽しそうに歌を歌っていたのに、急に下を向き、唇を固く結び、携帯をいじりだしたのだ。

「しまった!」

と思ったけど、遅かった。

彝族は漢族のことを快く思っていない。(ほとんどの少数民族が漢族に対しては微妙な感情を持っているものだけど)

周華健は“中国で最も有名な歌手”の一人、つまり、“漢族の中で最も有名な歌手”なのだ。

ここにいるミュージシャンは彝族の間ではメジャーな歌手だが、中国全体の中では無名だろう。中国は漢族社会だからだ。漢族の中でメジャーな歌手が“中国のメジャーな歌手”になる。彝族の文化を愛し、彝族語を母語とする彼らは、きっと漢族の歌手に微妙な感情を抱いているに違いない。(彼らも漢語の歌を歌うけどそれはきっとあくまで“漢語圏マーケット”を意識しての歌であって、母語はやはり彝族語なのだ)

彼らがいる場所で漢族の歌を歌ってしまったのは失敗だった。

我々が歌うことを期待されていたのは日本語の歌であって、漢族の歌など歌ってはいけなかったのだ。


あとの二人の日本人はこの空気の変化に気づかなかったようだが、わたしは冷や冷やしてしまった。

ミュージシャン達も大人なので、特にこのことにはコメントせず、『朋友』が終わるとまた彝族の歌の世界に戻っていき、宴会は再び盛り上がりを見せたのでほっとした。

少数民族と付き合うときには漢族に関することについては本当に気をつけないといけない、と痛感した出来事だった。

最後の乾杯は、我々が持参した日本酒で全員一気した。

ミュージシャン達が帰った後、シンさんから「日本酒を持ってきてくれて本当に嬉しかった。本当は手ぶらで来て欲しかったけど、彝族のミュージシャン達も生まれて初めて日本人と日本酒を飲んでとても思い出になったと思う。」と言われ、持って行ってよかった、と思った。


日本酒を最後に出してくれたシンさんにも感謝。

 

ミュージシャンが来るとは思っていなかったのでサプライズだったけど、本当に楽しい新年会だった。

他にも実はすごく縁の深い新年会で、この日誰が来るのかわたしは行くまで知らなかったのだけど、雲龍さんは涼山出張の際にお世話になっている方の弟さん、トスナンさんはわたしが出張時に教室で『日本企業で働くこと』という講義をさせてもらったときに授業を受けていた方、キッサさんはわたしの友人(日本人)が働いていた工場で彼の通訳をしていた・・・と、そこにいたシンさんの友人は全員わたしとどこかで繋がっている方たちだったのだ

 

中国って広いようで狭いな、と思う。

特に彝族×日本人、という世界は本当に狭い。

きっとどこかで繋がる。

こうやって世界が狭くなっていけばいいな、と思う。

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白い服の方が王子様。実物は100倍カッコイイよ!
その左隣が『山鷹』の方。
一番左の赤いシャツの方がアキさん。
右隣の黒Tの方もミュージシャン。
真ん中にしゃがんでいるのがバクさん。
(実は北京特集のブルータスにも載っている!)
みんな実物はこの写真の100倍カッコイイ☆


【彝族に関する過去日記】

 


 

 

 

 

 

 

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江西省出張&紅色旅遊の空港へ 

江西省吉安市へ出張に行ってきました。

出発は先週の月曜日。北京に初雪が降った日です。

事務所出発は午前10時。飛行機は11時45分発予定ですが果たして出発するのか?!

オフィスの下に見える三環路がすごい渋滞だったので飛行機に間に合わないんじゃないか?!と焦ったのですが空港までの道は順調に進み、搭乗手続きも普通。受付のおねーさんに「飛行機は遅れてる?」と聞くと、「今はそういう情報は来ていない」というので、さすが首都空港!こんな雪、関係ないね!と一安心。

 

結局定刻に飛行機に乗れ、席に着くと心配してくれていた事務所のスタッフに「予定通り飛行機は飛びそうです!」と携帯からショートメールを打って電源Off。


 

・・・・・。


 

飛行機、飛ばない・・・。


 

1時間が過ぎ、機内食が配られる。
飛んでないのに。


 

周囲の中国人乗客が「降ろせ~~~!」と騒ぎ始める。騒ぐ、と言ってもさすが飛行機客なので、硬座客やバス客のように大声で騒ぐことはせず、冷静な喋り口で、飛行機の外で待たせてくれ、とCAに訴えている。「これは間違っているだろ?」と諭しながら。

しかしながらCAが言うには今、北京発の全ての便が霧で離陸を見合わせており、この飛行機は第3番目に並んでいる、もし乗客を降ろしてしまったらもう一度並びなおす事になるので離陸がさらに遅くなる、いつまでになるかわからないがとにかく機内にいてくれ、と。
まぁ、その理屈もわかる。


 

で。


 

結局飛んだのは3時間後。(3時間ずっと機内です。持参していた《半島を出よ》ぐんぐん読めました。読書時間確保には最適!《半島を出よ》超~面白かったので3時間+その後のフライトも全く苦痛にならずにすみました。)


 

今回の出張はセミナー参加で、江西省の省都南昌の空港に中国各地から参加者(わたし以外は全部中国人)が集まり、集合後バスで吉安市に移動する、というもの。南昌に待たせている他の省からの参加者の様子が気になる一方、北京からの参加者が一番多いし、国家級の偉~い人たちも一緒なので、なんとかなる~~~という気持ちもあり、結局なるようにしかならないね~~~と2時間半飛んでいました。

4時半南昌着。他の省チームと合流。

他の時間のフライトが無かったのか、雲南省からの人達は朝9時半には着いていたんだって!この人たちはほぼ1日南昌の空港で待っててくれたのね。

すみませんね~。

そこから3時間バスの旅。いい加減腰が痛いです。

しかも、2時間ぐらい走った時点でバスの後方下部からすごい音が。



パンク。



1箇所に2つ付いているタイヤの1つが破裂したらしく、走行に問題が無かったため、しばらく走って修理屋のあるところで修理。

ここで1時間待ちか?!と思ったら20分ほどで完了。

結局事務所出発から合計11時間ほどかけて、ホテルに到着できました!
持病の腰痛が・・・(;;)

 

中国の出張、まぢ過酷です。




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村での無料屋外健康診断
保険が無い村の人たちは高い医療費を払わないためにも予防が第一。
高血圧ということがわかって不安になって泣き出すおばぁちゃんも。


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視力検査
初めて受ける人も多いのでまず説明をしている。
紙コップを片目にあてて。


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明の時代から続く村だそう

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建物に風情があります


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帰りは吉安市から来るまで1時間の井岡山空港から。
ぽつねん、という感じで飛行機が1機だけ止まっていました。
100人乗りに乗客は30名。
1人1列で快適!



「井岡山(日本語読み:セイコウザン)」は20年代後半に毛沢東が作った最初の解放区であり「革命の聖地」で、中国人には超有名な場所であり、今は「紅色旅遊」の観光地としてスポットが当てられている場所なので、立派な空港があり北京まで中国国際航空が飛んでいるのでした。

【紅色旅遊】
 中国共産党の成立(1921)から新中国建国(1949)までの中国の共産革命と関連する旧跡、戦場跡などを訪ねる観光旅行のこと。「紅色」は共産主義思想を身につけるという意味も。中国政府はこれらの場所を愛国主義教育拠点に指定し整備を進めてきた。2004年ごろから、観光キャンペーンを展開。指定された「赤い観光地」は全国で計100カ所以上あるが、瑞金、井岡山のほか延安が代表的なところ。










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